「席につきなさい。朝食にしよう」
「はい、失礼します」
「アルファというのも大変なのだな。あまり詳しくは知らなかったが、苦労も多そうだ」
「……私もアルファになったばかりだったので、こんな状態になるのかと驚きました。理性で制御出来ない事があるなんて怖過ぎます」
「まあ、結婚すれば治まるのであろう?」
「そうらしいですね。シャール様の首の後ろを噛んで正式に番になればあれほどの発情期はなくなると聞いています」
……首を噛むとか発情期とか。シャールを目に入れても痛くないと思っているゴートロートからすると、複雑な気持ちだ。だが、このままだとシャールも苦しむのだ。一刻も早くきちんと結婚させてやりたいと、ゴートロートは思った。
「ところであのネックレスは皇后が隠していると聞いていましたが、いつの間に手に入れられたのですか?」
「いかようにもやり方はある。今回は皇后の側に潜ませていた者の手柄なのだ」
皇后付きの侍女であったメアリー。彼女が隙を見てネックレスをすり替えたのだ。間抜けな皇后は今でも自分の手元にある物が本物だと信じて懸命に隠しているだろう。
「ありがとうございます。力を取り戻したからなのか、体が軽く動きやすいです。きっと剣を振えば更に実感するでしょう」
「頼もしい。今までよりも強くなるなら国内に敵なしではないか?まあその剣をベラやセスに振るわずに済めば一番いいのだがな」
無血開城。
それが最善の道だ。
このネックレスがある限り、アルジャーノンがアフロディーテの息子であると証明出来るだろう。そしてアルジャーノンの方が継承順位が高いのだから例え裁判にかけたとしても勝ちは決まりだ。だが敵に失うものはない。どんな卑怯な手を使って邪魔をしてくるか見当もつかないのだ。
「数日後には貴族会議がある。昨夜もかなりの数の味方を得られた。外国に居を移した者も、アルジャーノンが国王に即位するなら戻ると言っておる。まずはその場で相手の出方を見るしかないな」
「そうですね……」
国王になりたい訳ではない。むしろ許されるなら二人でのんびりと暮らしたいと思っていたアルジャーノンだが、皇后とセスの様子を見ている限りそれは難しいと理解している。
シャールを守るには力が必要だ。そして力というのは腕力だけではない、立場も強固にしなければ全てのものから守る事が出来ないと知ったのだ。
「では貴族会議でどのように話を持っていくかを相談……」
「旦那様!大変です!」
執事がノックもなしに部屋に飛び込んで来た。使用人の無礼を叱ろうと、アルバトロスが口を開きかけたが、衝撃的な知らせに息を呑む。
「……それは本当なのか」
「はい!ジュベル侯爵夫妻が、皇后暗殺の罪で拘束されました!」
「なっ……?父上と母上が?何かの間違いだ!」
アルジャーノンは真っ青になり、椅子から立ち上がる。あの優しい二人が皇后を暗殺?動機も方法も検討がつかない。
「ジュベル侯爵家より献上された菓子に毒が入っていたようです。ご夫妻は送った覚えもないと反論されましたが、結局そのまま地下牢に幽閉されました!」
「なに?地下牢だと?馬鹿な!現行犯や、自白でもしない限り、まずは貴族塔に隔離されるのが普通だろう?」
冤罪だった場合を鑑みてそのような対応が通常だ。しかも本人たちは身に覚えが無いと言っているのにいきなり地下牢とは……。
「……皇后の自作自演でしょうね」
「そうだな。だが、それをどうやって立証するかが問題だ。あの女、どこまで往生際が悪いのだ」
「アルジャーノン、ひとまず会いに行くといい。私たちは打つ手がないか探ってみる」
「ありがとうございます。では失礼します!」
遠ざかる足音を聞きながら、アルバトロスがため息をついて顔を伏せた。
「ベラの奴……!貴族会議が近いからと言って、何の罪もない善良な者たちを罠に嵌めるとは……!」
「恐らく昨夜のことをポルボ子爵に聞いたのだろう。しかしとんでもない無茶をする。それだけ追い詰められているということだろうが……」
「……誰の話ですか?」
「シャール!」
いつの間にか食堂に降りてきていたシャールに、二人は驚いて声を上げた。普段冷静なゴートロートまで固まっているのを見て、尋常ではない事が起こっているとシャールは勘づいた。
「まさかアルジャーノンに何か?彼はどこです?」
「あー……」
この姫は頭もよく、勘も鋭い。下手に嘘を吐けばたちまちバレるし、自分で探ろうと危ない橋を渡るだろう。
「……アルジャーノンの養父母が捕まったんだ」
仕方なくアルバトロスが吐露した。
「捕まった?なぜですか?」
「皇后に毒の入った菓子を献上した罪だそうだ。二人はまるで身に覚えが無いと言うのに地下牢に監禁されているらしい」
「……なんて卑劣な手を!許せない」
そう言うと、シャールは踵を返してどこかに向かって駆け出した。ゴートロートは危険な目に遭わないかとハラハラするが、もうシャールの姿は見えない。
「シャールはどこに行ったのだ?」
「分かりませんが……懇意にしている情報ギルドがあるのでそこかもしれません。無駄ですよ叔父上。ああなったらもう誰にも止められません」
「……くそっ!これもベラのせいだ。あんなにか弱く心優しいシャールを傷つけおって!」
(……優しいのは好きな相手にだけだし、か弱くも無いと思うのだが。孫フィルター?いや、孫目隠しか)
アルバトロスはそんな事を考えるが、もちろん口には出さない。
「ひとまず、他の家門を招集して助ける方法を考えます」
「ああ、そうだな。私は影たちを散らせて情報を集める」
「はい、お願いします」
こうしている間にもジュベル侯爵夫妻は酷い目に遭っているかもしれない。二人は急いで今できる事を考えながら食堂を後にした。