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第98話 クランとの取引と美味しい朝ごはん

クランの店は相変わらず混んでいた。いつもなら隙を見て取り次いで貰うシャールも、今日はそんな余裕はない。店員が見ていないのをいい事に、いつも案内される経路をたどり、クランの仕事部屋のドアをノックした。


「どうぞ……え?シャール様??」


どうぞと許可を貰ったので入ったのだが、そんなに驚くか?と言うほど目を見開いているクランを見て、シャールは少し冷静になった。


「……ジュベル侯爵夫妻の件、知ってるよね?」


「はい、勿論です」


鎌をかけただけだが、さすが情報ギルド。今朝早くに起きた事を、もう知っていた。

……知っていたと言う事は既に動き出している。クランはそういう人間だ。シャールの中で少し胸のつかえが取れた気がした。


「まあ取り敢えず暖かい飲み物をどうぞ」


「ありがとう……え?このお茶なに?真っ黒なんだけど」


「それは珈琲というものです。苦味はありますが頭もはっきりするし、体にもいいのです。飲み過ぎはダメですけどね」


「……本当だ。凄く苦い。クランじゃなかったら毒を飲まされたと思うレベルだ」


シャールのしかめっ面にクランは声を上げて笑った。


「慣れると手放せないんですが、それまでは砂糖やミルクを入れて飲むといいですよ。子供でも飲めるくらい美味しくなります」


クランが多めの砂糖とミルクを足してくれるが、シャールは半信半疑だ。


(こんな苦いもの、少々の砂糖やミルクでどうにかなるとは思えない……え?美味しい!!)


「ね?」


シャールの表情の変化に気付いたクランがしてやったりとばかりの顔でウインクする。……悔しいがこれはクランの勝ちだ。シャールはごくごくとその飲み物を飲んだ。


「私は今から朝食なんです。高貴な方が何を召し上がるのかは分かりませんが、ホットドッグでよければご一緒に如何です?」


「ホットドッグ?」


「はい。パンに葉野菜と焼き立てのウィンナーを挟み……」


ぐぅ


その言葉だけでシャールのお腹が元気よく鳴り出す。今日は朝から何も食べていなかったと気付いてシャールは恥ずかしさに頬を染めた。


「料理とも言えないような物ですが」と言って、クランは席を立ち、部屋の隅にある簡易の調理場で手際よく料理を始めた。


「部屋の中に調理場なんて見たことない。火はどうしてるの?」


「火は隣国から魔法石を買って使ってます。すぐ燃えるし、壺に入れたら途中で火は消えるので薪のように燃え尽きるのを待たなくてもいいんです。忙しいので調理場まで行く時間が惜しいんですよ」


「……合理的だね。それにしても魔法ってすごい」


「そうですね。もっと輸入出来るようになれば生活も便利になるんですけど」


……ここブライト王国と、海を隔てた隣国シャバラは船であればたった一日で行き来出来るにもかかわらずあまり仲は良くない。以前に王室間でいざこざがあったらしく、商人の往来は表立って禁止されてはいないけれど、時には商品より高い関税をかけられるので余程の物好きでなければ手を出さないのだ。



「お待たせしました」


コトリと目の前に料理が置かれた。何の変哲もないただ白いだけの素っ気ない皿の上に、いい匂いの見たことのない食べ物が乗っている。それは細長いパンに切れ目を入れて葉っぱと長いウインナーを挟んだものだった。

けれどその食欲をそそる匂いに、シャールのお腹はまたぐぅと鳴き声を上げる。


「……ナイフやフォークは?」


「ありませんよ。そのまま手で持って齧るんです」


「手で持って齧る……」


何度か市井で屋台の食べ物は食べたが、手づかみでかぶりつくものにお目にかかった事はなかった。

ためらいを感じるも、好奇心と空腹には勝てず、シャールは意を決して大きく口を開け、かぷりとパンに噛り付く。


「……美味しい!」


「そうでしょう?食べ物が美味しいと幸せになるんですよ。だから忙しくて調理場に行けなくても美味しいものが食べられるように工夫してるんです」


「なるほど」


これは確かに元気になる食べ物だ。


シャールは夢中になってホットドッグを食べ進めた。


(……あんなに苛々して不安だった気持ちが落ち着いてきた。これがクランの言う幸せなんだろうな)


物珍しいものを沢山見て冷静になったからか、物事も冷静に考えられる様になった気がする。


「失礼します」


従業員らしき人物が、書類を見ながら部屋に入って来た。そしてトマトソースで口元を汚しながら手掴みでパンを食べるオメガ姫を見て、危うく叫び声を上げそうになっている。


「会長!公爵令嬢になんてもの食べさせてるんですか!食事ならすぐうちの店のシェフが用意しますから!」


「いいんだ。それよりそれ報告書だろ?早く寄越せ」


「はあ」


引ったくる様に紙の束を手に取ったクランは、シャールが見た事ないような真剣な顔をして、舐める様に文字を追っている。

シャールが黙って残りのパンを咀嚼していると、目の前にその紙の束がドサリと置かれた。


「完全に冤罪です」


「やっぱりね。まあ疑ってはなかったけど。それにしても早いね」


「……まあ、ジュベル侯爵様とは面識もありますし、何度か買い物もしていただいていて、お人柄も存じ上げいたので」


「心配だったってことだね。クランが無償で動くなんてよっぽどだね」


「まあ、シャール様が来たことで正式な依頼となりましたから、合わせて請求させていただきますけども」


「……抜け目ないね。通常の半額でどう?」


「抜け目ないのはどっちですか。……今回だけですよ。ベル、他に報告はあるか?」


ベルと呼ばれた男は「最新の情報です」と言ってから現在の地下牢の様子を話した。


「ジュベル侯爵様の牢の前に国内の主要家門の当主が数名陣取っておられます。皇后がいつものように公示も出さず内々に処刑するのを防ぐためかと思われます。少しは時間が稼げるかと」


「それはいい手だ。さすがの皇后も自分自身で二人を引っ張り出して処刑は出来ないだろう。騎士や兵士は貴族家の当主に手は出せないからな」


「……けれど皇后が相手です。裁判も出来ませんし、無罪の確固たる証拠を見つけないと……。先ほどの二人のアリバイ程度では難しいでしょう」


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