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第99話 罠

そうなのだ。この国の裁判で裁けない唯一の相手、それが国王だ。 現在ベラがその国王の代理となっている。つまり彼女を裁くものは誰もいないということになる。


「直談判……しかないのかな」


「シャール様……」


こんなにこじれたのは元を辿れば自分のせいだ。

死に戻ってから自分や家族を助けようと随分未来を捻じ曲げてしまった。その報いを受けているのかもしれない。


「ベラやセスにとってまだ僕は利用価値があると思うんだ。だから殺されることはないはず。それなら交渉するのは僕しかいない」


「シャール様……どんな目に合わされるか分かっているんですか?」


「まあ…最悪セスと子どもの一人も産めば解放されるかもしれないし」


「シャール様!」


「生きていれば何とかなる。まずはジュベル夫妻の命を助けるのが先決だよ」


セスの子を産んだような僕を、アルジャーノンが受け入れてくれるかどうかは別だけど。


「だめです。シャール様、アルジャーノン様の事も考えてください」


クランが酷く怖い顔でシャールの肩を掴んだ。彼の事だ。きっと昨日の舞踏会でアルジャーンとシャールが運命の番だった事を聞き及んでいるのだろう。


「私を信じて、二日だけ待ってください。それで無理ならもうシャール様のされることを止めません」


「二日なんて待てない」


「地下牢には貴族家の当主がいるではありませんか。ミッドフォード公爵様も既に向かわれているそうです。決して処刑などさせません」


ベルと呼ばれた従業員もそう言ってシャールを必死に引き留めた。


「……分かった。二人の言うことを信じるよ。二日だけ待つ。その代わりそれを過ぎたら絶対止めないって約束して」


「はい、分かってます」


クラン宝石店からの帰り道、シャールは前生でミッドフォードの両親が断罪されたと聞いた時の事を思い出していた。

絶望という言葉だけでは到底足りない思いをしたのだ。


(アルジャーノンにはあんな目に遭って欲しくない)


この二日の間、ただ待っているんじゃなく、何か自分に出来ることはないだろうか。そう考えながら歩いていると、前から見覚えのある女がこちらに向かって走って来るのが見えた。


「シャール様!お探ししました!」


その女はシャールの前にぺたりと座り込み、わっと泣き出す。……靴はぼろぼろになり、その踵は擦り切れて血が出ていた。一体何事かとシャールは歩みを止めた。


「シャール様、構わず行きましょう。馬車はもうすぐそこです」


護衛が先を促すが、その女に見覚えのあったシャールは「少しだけ」と返して、女の目線まで体を屈める。


「あなた、城仕えの侍女だよね?」


「はい!しがない下働きの者です。毎日洗濯や掃除しかしてないような私に何故か皇太子殿下が突然シャール様を連れて来いと命じられたのです」


ぽろぽろと涙を流す女を気の毒に思ったシャールは、持っていたハンカチを踵に巻いて手当をした。


「ごめんね、今は行けないんだ。あなたは城に戻ったら酷い目に遭わされるよね?うちに来るといいよ。一緒に公爵邸に帰ろう」


シャールは手を差し伸べるが、女は黙って首を振った。


「それでも戻らなければならないんです。戻らないと両親を殺すと言われてます」


(あの下衆王子、そこまで成り下がっているのか……)


苦々しげなシャールに、女は泣き笑いを見せた。


「すみません不躾にこんなお願いをして……。やっぱり無理ですよね。失礼します……」


「だめだよ。あなたの両親のことはこちらで何とかするから馬車に乗って」


「いえ、どうにもできません。両親はジュベル侯爵様のお屋敷で働いておりました。侯爵様と一緒に牢に入れられていますが、今日の正午に全員処刑される予定なのです」


「え?そんなはずないよ。地下牢には他の家門の当主たちが……」


「薬の入ったお茶で眠らせると言ってました。食事を届けに来る家門の召使いを買収したそうです。……ああもうダメだわ!」


「落ち着いて、何とかなるから!」


(どうしよう……!とりあえずクランの所に戻って……)


「ああ!もうすぐ正午になる!どうか!この先に馬車が待ってます!一緒に来てください!」


女の切羽詰まった金切声に、少し離れた所にいた護衛が何事かと二人を見る。それに気付いた女は、シャールの腕を掴み「私の言うとおりにしてください」と小声で囁いた。



「忘れ物ですか」


「そうなんだ。手帳なんだけど大事なものだからクランの店に戻って取って来て貰えるかな」


「ですがシャール様を一人にする訳にはいきません」


護衛は戸惑いながらも職務を全うしようと、首を縦に振ることを躊躇った。


「大丈夫だよ。僕ももう少し彼女と話があるからここで待ってるよ。それにクランの店はここから見えてるじゃないか。人通りも多いし、こんな場所で何も起こらないよ」


護衛は振り返って自分の雇い主の店を見た。確かに歩いて数十秒の位置だ。忘れ物を取りに戻るくらいならせいぜい1分程だろう。立ちっぱなしで待つのも飽きたと感じた護衛は、了承して店に戻って行った。


「まだです。中に入ったのを確かめてから」


「うん……」


「今です!走って!」


「あ!ちょっと!」


足を怪我しているとは思えない速さで、女がシャールの手を引く。そして建物の陰に隠れるように止まっていた馬車にシャールを押し込むと凄い勢いで走り出した。


「僕が城に入ったらさっきのクラン宝石店の主人に連絡をして欲しいんだ。さっきあなたが話してくれたことをそのまま全部」


「分かりました。お任せください」


乗り心地の悪い馬車は、王城に続く一本道をかなりのスピードで走っている。この調子だとすぐに城に着くだろう。


「ところであなたの名前は?」


シャールの質問に女は満面の笑顔を浮かべて答えた。


「申し遅れました。わたくし皇太子セス様の愛人でアリアと申します。どうぞお見知りおきを」



※※※※※※※※※※※※※※




「シャールが消えたとはどういうことだ!?」

ミッドフォード公爵邸にゴートロートの怒号が響き渡った。床に這うように頭を下げているのは宝石商のクランだ。


「申し訳ございません。うちの護衛が目を離した隙に」


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