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第100話 誘拐

「謝罪などいらん!早く探せ!」


「総出で行方を追っております」


「だいたいそんないい加減な護衛など!!」


「叔父上、落ち着いてください。お体に障りますし、今すべきことは責任追及ではなくシャールを取り戻すことです」


「ぐっ……分かっておる!」


荒い息をついてソファに崩れるように座るゴートロートの顔色は、既に青いを通り越して土色になっていた。


「それでクラン、心当たりはあるのか?」


「はい、帰り道で声を掛けてきた女の正体が、城に勤める侍女だと分かりました。隠していた馬車で連れ去ったようですが、その馬車は城には行きませんでした」


「……どういう事だ?」


「途中で何者かに襲撃されたのか、壊れた馬車が城近くの森の中に捨てられていて、側に御者の遺体がありました」


「……なんだと」


「その付近で怪しい傭兵がいたと調べがついたので今探しています。分かり次第追いかけますのでお時間をください」


「そうしている間にもシャールがどんな目に遭わされていると思う?!」


「申し訳ありません。必ず無事に保護し、その後で命をもって償います」


「お前の命にそんな価値はない!!」


「叔父上、お静かに。クラン、うちの騎士たちも連れて行け」


「……よろしいのですか?」


ミッドフォード近衛騎士団は国でも一二を争うほど優秀だ。黒幕が誰かはまだ分からないが、戦いになった時には大きな戦力になるだろう。クランのギルドにも腕の立つ者はいるが、いかんせん平民だ。その点、公爵家の名を冠して戦える騎士団は他の面でも役に立つ。


「シャールの信頼するギルドだ。私も信じる。必ずやシャールを連れて帰ってくるように」


「おまかせください!」


クランは頭を下げ、右手を胸に当てて部屋を後にする。その後ろ姿を見送り、アルバトロスは大きくため息を吐いた。


「どうして次から次へと……」


「アルバトロス、私たちが最優先するのはシャールだ。他はどうなってもよい。シャールさえ助かればいいのだ」


「……叔父上、そうはいきません。シャールが戻って来た時にジュベル侯爵が断罪されていたらあの子はなんと言うでしょうか」


「うむ……怒るだろうな。烈火のごとく」


「そうですよ。父上もお祖父さまも大嫌いです!なんて言われるんですよ」


「それは……考えただけで涙が出るな」


「そうですよね……」


「分かった。なんとしても全員助けるのだ!」


「承知しました。私も別の方面から調べを始めます」


慌ただしくアルバトロスが部屋を出ると、ゴートロートは一人、ふぅ、と息を吐く。


「皇后に会いに行ったアルジャーノンは大丈夫だろうか」


影は付けたが、皇后は何をしでかすか分からない。流石に第一王位継承者のアルジャーノンを殺す事は無いと信じたいが……。


それこそ彼に何かあったら、シャールから嫌われるだけでは済まない。まだ正式に番っていないとは言え、運命の相手を亡くしでもしたら、この先まともに生きられるかも分からないのだ。


「この老いぼれが他に出来ることなどあるだろうか。なあシャールよ」


それでもどんな手でも尽くさなければ。ゴートロートは部屋の前で控えているヤンを呼んだ。



◇◇◆◆◇◇



雨の音がする。

ポツポツと葉っぱに雫が落ちる音だ。


昔、突然の通り雨を庭の温室でやり過ごした時に同じ様な音を聞いた。


と言う事はここは温室?


シャールは重い瞼を無理やりに開いて周りを見渡した。


豪華な部屋だったが、見覚えは無い。

白を基調にした繊細で上品な調度品に、この屋敷の主のこだわりを感じた。


起きようと支えた腕は力が入らず、結局シャールの体は再び柔らかいベッドに沈みこんだ。

一体自分はどうしてしまったんだろうと不安しかない。


(……確か馬車で城に向かっていたんだよな)


シャールは力の入らない手を握ったり開いたりしてみた。


(城勤めの侍女からジュベル侯爵が断罪されると聞いて、皇后と話しをしようと馬車に乗ったんだ。でも途中でその侍女がセスの愛人だと聞いて、馬車から飛び降りようとしたら、傭兵らしき男たちに襲われたんだっけ)


それからどうなったのだろう。シャールの記憶はそこで途切れている。もしや自分は誘拐でもされたのだろうか……。


(そうだとしてもこんなところで捕まっているわけにはいかない。ジュベル侯爵は大丈夫だろうか。アルジャーノンは?)


シャールは動かない体を引きずるようにしてベッドからどすんと床に身を投げた。そしてなけなしの力で這いずり、扉を目指す。


(もう少し……もう少しでドアに手が届く……)

だが、そのタイミングで、無常にもドアはガチャリと開かれた。


(殺されるっ!)


わが身に降りかかる衝撃を覚悟して、ぎゅっと身を縮めるが、特になんのリアクションも無い。不思議に思い、首を持ち上げると目の前にいたのは二度と会いたくないと思っていた相手だった。


「お前が僕を誘拐したのか!デモン!」


「誘拐だなんて人聞きの悪い。シャールは最初から俺の所に来る運命だったんだよ」


シャールはデモンを睨みつけ「運命なんて気安く口にしないで!」と怒鳴った。本当の運命はアルジャーノンだ。決してこの男ではない。


「まあいいさ。ゆっくりと好きになってくれれば。これからお前は一生ここで暮らすんだから」


「好きになんてならないし、ここで暮らしもしない!」


「あはは。シャールは元気だなあ。まだ全然体も動かないくせに」


「……僕に何をしたの」


全身の感覚が鈍く、力が入らない。変な薬でも飲まされたのだろうかと、シャールは不安に震えた。


「あーあ、暴れるから傷口が開いちゃったじゃないか」


そう言うと、デモンは突然シャールを抱き上げた。驚いて逃げようともがくが、シャールが出来たのはわずかに身を捩ることだけだった。


「やめて!触らないで!」


「はいはい。手当するだけだよ」


「て……手当?」


ベッドに降ろされて、クッションを支えに座る体制になると、自分の足が血塗れになっていることに気付いて、シャールは声を失った。


「あ……なに?どうしてこんなに血だらけなの」


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