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第101話 前生の因縁

「大丈夫。逃げられないように両足の腱を切っただけだ。体が動かないのも痛み止めのせいだよ。効き目がなくなったら言ってくれ。痛みはしばらく続くと思うからいつでも薬を飲ませてあげる」


「腱を切った?嘘でしょ?何考えてんの……?もう歩くこともできないじゃないか」


「大丈夫。ずっと俺が付きっきりで世話をする。どこに行くにも抱き上げるし、車椅子なら庭にだって出られるよ。天気になったら散歩しような」


デモンの目はどこまでも優しい。今まで見たこともないくらいに。


(狂ってる……)


恐怖に歯がカチカチと音を立てる。デモンの言うように、本当にもう二度とここから出られないのかもしれない。生理的な涙がシャールの頬を伝った。


「泣かなくていいんだよ。もう眠った方がいい」


「こんな……状況で眠れるわけ……ない」


ジュベル侯爵夫妻はどうなっただろう。アルジャーノンは無事だろうか?クランに二日待てと言われていたのに、勝手なことをして迷惑をかけてしまった。

……何も出来ないもどかしさにシャールは息が上手く出来なくなってくる。


「落ち着いて可愛いシャール。じゃあ面白い話をしてあげようか。前生の話だよ。アルジャーノンが死んでシャールが毒を飲んだ後の話。知りたくないか?」


やっぱり……!デモンも過去に戻って来てたんだ!

シャールの脳裏に、以前バリアン家のお茶会でのデモンの言葉が蘇る。

「今度は」毒なんて入ってない、確かに彼はそう言っていたのだから。


「何から話そうか。そうだな、俺がシャールの遺体を牢屋で見つけたところからにしようか。いや、ルーカにお前を牢に入れたと聞いたところからにしようかな」


シャールは声を出すことも忘れて、ただ黙って目を見開きデモンを見つめる。

デモンはそんなシャールの髪を優しく撫でながら、ゆっくりと話を始めた。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※


【前生の話】




「本当にあれでよかっただのろうか……」


セスが浮かない顔でぽつりと呟く。さっき終えた独立記念日で行われた断罪のことを言っているのだろう。ルーカはくすりと笑ってセスに身を寄せた。


「何を心配してるの?」


「いや……古傷の事まで持ち出して、シャールを悲しませたのではないかと心配になった」


「何言ってるの。シャールは騎士団長と浮気をしたんだよ?普段あんなにツンと澄まして偉そうなのに陛下を裏切ってたんだよ?腹が立たないの?」


「それも……証拠がないではないか。お前が見たと言っただけで他に目撃者も誰もいない。見間違いだったのではないのか?」


「僕を疑うの?泣いちゃうよ?」


「どうせウソ泣きだと知っている。ああやっぱりあんな事言うんじゃなかった。シャールはお前と違って浮気なんかしないのは分かっていたのに」


「まあ、廃后だって脅したからこれからはもう少し大人しくなるんじゃない?セスだって言ってたでしょ?夜だって行儀良くて面白くないって。陛下と皇后、どっちが偉いの?それをちゃんとシャールに思い知らせてやればいいんだよ」


「……まあ、それでシャールがルーカのように甘えてすり寄って来るようになれば嬉しいんだがな。シャールは自室にいるんだろう?明日にでも嘘だと伝えて観劇にでも誘ってやろう」


「それがいいよ。きっとシャールも陛下を改めて好きになると思うよ」


「そうか。それはいいな。では今夜はもう寝る」


「うん、おやすみなさい」


機嫌の直ったセスを、ルーカは笑顔で寝室に送り出す。そんな二人のやり取りをデモンは冷めた目で見ていた。


「あーあ、まったくシャールシャールってうるさいんだよ」


セスがいなくなった途端にころりと態度を変えたルーカは吐き捨てるようにセスの悪態をつく。


「そりゃお前よりシャールの方がいいに決まってるだろ」


「デモンまでそんなこと言うの?!もう兄さんって呼ばないからね」


別にどんな呼び方だって構わない。何と言われてもシャールは賢く、美しい。ルーカなど足元にも及ばないのにあの国王はこんな奴と子供をつくるなんて頭がおかしいとしか思えない……しかもその理由が、自分のせいでついた体の傷を見たくないから……なんて、本当に馬鹿げている。俺ならその傷を毎晩でも丹念に舐めて許しを請いながら愛してやるのに。


「それよりルーカ、お前シャールを本当に地下牢に入れたのか?陛下に知られたら殺されるぞ」


「だってむかつくんだもん。明日の朝にでもデモンが迎えに行ってあげたら?喜んでデモンのこと好きになるかもしれないよ?」


「……それもいいかもしれないな」


セスはあの冷たいシャールが、自分に縋りついて涙を流す様子を想像した。それだけで自分の中にゾクゾクとした仄暗い欲望の炎がゆらめく。


「兵士たちには少しお仕置きする様に言っておいたよ。きっとシャールはどんな時でもあのお綺麗な態度を崩さないだろうからね」


「……お仕置きってお前……」


「ああ、大丈夫。騎士団の副団長に任せて来たから。不義密通の噂があるからにはそれ相応の対処も必要でしょ?騎士団の内部の問題なんだから任せとけば良いんだよ」


「何が不義密通だ。どうせそれも全部お前が勝手に言ってるだけだろ?良い加減にしろよ」


「なんでいつもシャールの肩ばっかり持つんだよ」


ルーカは口を尖らせて、ぷいっと横を向いた。


「……まあ、その副団長とやらがまっとうな人間であることを信じてるよ」


「だって皇室騎士団の副団長だよ?常識人に決まってるよ」


「それもそうだな」


「……まあその副団長は無抵抗な人間をいたぶるのが好きって噂だけど」


「何か言ったか?」


「ううん、何でもないよ!」


(ルーカは大丈夫だと言うけれど、やはり心配だ。明日の朝と言わず、帰りに覗いて連れて帰ろう。地下牢は寒いしベッドもない。あんなところで一晩でもシャールを寝かせるなんて気の毒だ)


デモンはそう考えて椅子から立ち上がった。


「あれ?もう寝るの?」


「ああ。お前もお腹に子供がいるんだから早く寝ろよ」


「うん、分かってる。今日は城に泊まっていくんでしょ?いつもの客間を用意してるからね」


「世話かけたな。じゃあまた」


「うん、おやすみ」


だが、その後。

デモンは地下牢で地獄のような光景を見ることになるのだ。  





石を積み上げて作られた地下牢は、窓もなく自分の足音だけが恐ろしく響く。

兵士たちが守っているはずが、人の気配が微塵もせず、デモンは首を傾げながら最奥のシャールの所まで急いだ。


(……それにしても酷い匂いだな)


鉄を含んだ生臭い匂い。まるで血の様な……。なんだか嫌な予感がする。デモンの心臓が大きく脈打った。


「シャール!今連れ出してやるからな」


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