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第102話 過去と現在

罪悪感に苛まれながら、デモンはランタンをかざしてぬるつく床を駆け出した。


「……は?なんだこれ?」


牢の前には片腕を無くした一人の男が倒れていた。ぼんやり灯る明かりで既に死んでいるのが見て取れるが、今まで歩いて来た道のぬるつきが、この男の血だと気付くまでに時間はかからなかった。


「シャール……?いるんだろう?眠ってるのか?シャール!!」


頭に心臓があるのではないかと思うくらいの動悸が全身に響いた。震える手で必死に牢の鍵を開けようとするが、上手くいかない。


「あっ!」


デモンが、取り落とした鍵を拾うために屈むと、片腕の男の顔がこちらを向いていた。そしてその男の顔には見覚えがあった。

デモンはハッと息を飲む。


「……アルジャーノン?」


まさか。皇室騎士団の団長で、この国で一番力のあるソードマスターだ。ルーカのくだらない戯言でここまでされていい相手じゃないはずなのに……。


「……もしや副団長が?」


そいつがどのような男かは知らないが、これを機に騎士団長の座を奪うつもりがあれば、かつてない好機だ。

そんな男がここに来たと言う事は……。


「シャール!!!返事をしてくれ!」


やっとの思いで鍵を開けてデモンが牢の中に飛び込む。そこにはあらぬ方向に足を曲げられて息をしていないシャールの姿があった。


「そんな……嘘だろ?シャール……」


抱き起こしても開かれたままのその瞳は何も映さない。傷だらけの体に、口から血を流したシャールは既に事切れていた。


「……シャール!!」


暗い部屋に咆哮がこだまする。

とめどなく涙を流しながら冷たくなったシャールの体をかき抱くと、その手から、カランと何かが落ちた。


「これは……まさか毒?ではこれを飲んで……」


そして倒れているアルジャーノンを睨み付けた。


「お前が、……シャールに毒を与えたのか!くそっ!!くそっ!!!アルジャーノン!許さない!!シャールを殺した全ての人間を許しはしない!!」


どんな姿でも生きてさえいれば治せるはずだったのに!デモンはギリリと歯を噛み締め、その瓶をポケットに入れた。

そして魂の分だけ軽くなってしまった体を抱き抱え、城へと戻って行ったのだ。



翌朝、デモンはセスに昨晩何があったのかを伝えた。激怒したセスは騎士団副団長のニックをその場で切り殺し、加担した兵士たちを全て粛清した。そしてルーカの処刑を決めたのだ。


けれど何をしてもシャールは帰ってこない。結局、抜け殻の様になったセスは、それから間も無くして酒に溺れて絶望のあまり最後には自死を選んだ。


そして、それを見届けたデモンは、シャールが使った毒の残りを飲んで、同じくこの世を去ったのだ。



◇◇◆◆◇◇




「そんな……」


全てを話して聞かせたデモンは愛し気にシャールの頬を撫でる。……暖かい。シャールは今、自分の側で生きている。


「二度と俺から離れるんじゃない。今度こそ絶対にお前を死なせないから」


「……帰らせて。アルジャーノンに会いたい」


「まだ言ってるのか。あいつはお前を殺したんだぞ」


シャールは弱々しく首を振る。


「あの時は、一生牢で閉じ込められると思ってたから。あの毒だけが救いだった。アルジャーノンは僕を助けてくれたんだ」


「うるさい!うるさい!あいつの話はするな!」


薬が切れて来たのか、体は少し動く様になったが、踵の痛みはどんどん激しくなってくる。シャールの額には硝子粒のような細かい汗が滲み出した。


「可哀想に。痛いんだな?これを飲めば何も感じなくなる。ほら口を開けて」


「いやっ!嫌だ!体が動かなくなるくらいなら痛みを感じるほうがいい!」


「わがままを言うんじゃない。痛みでショック状態になって心臓が止まったらどうするんだ」


けれど、横になったまま押さえつけられ、水薬を口に入れられると嚥下するしか方法はない。咳き込みながらも飲んでしまうとあっという間にシャールは睡魔に襲われた。


「美しいシャール。足の傷が塞がったら結婚式をしよう。二人きりで神様に愛を誓おうな」


「……や……だ、アルジャー…………」


必死に瞼を開けようとするが、抗えない力に闇へと引き摺り込まれる。そしてそのままシャールは意識を手放した。



◇◇◆◆◇◇


ジュベル侯爵夫妻が投獄されてからはや二日。思い通りにならないことに皇后ベラは苛々とした日を過ごしていた。


「早くあの牢の前に陣取ってる貴族連中を追い払いなさい。王命よ!」


ベラはヒステリックに皇室騎士たちに向かって叫ぶが、国王と国王の代理とでは命令への効力も天と地ほどの差がある。しかもこの国はかつてない程に傾いており、どこから謀反の火が噴き出すかも分からぬ状態だ。

自身の正義に背いてベラの肩を持ち、王室崩壊などとなった日には目も当てられない。

何より断罪せよとの命が下っているのは皆が慕う騎士団長、アルジャーノンの両親だ。昔から穏やかで善良な夫婦として有名な彼等が突然皇后暗殺など企てられるはずがない。


「皇后陛下、恐れながら今少しジュベル侯爵様の言葉に耳を傾けていただけませんか。真犯人が他にいるなら捜査をしなければなりません」


「お黙り!誰に口を聞いてるの!!」


硬い扇の角で思い切り頬を張られた団員は血を流しながら、「申し訳ございません」と頭を下げた。


「分かったわね?ちゃんと処刑するのよ!なんて言ったって皇后たるこの私に毒を飲ませたのよ?!命令に背いたらあなたちをまとめて全員死刑にしてやるから!さっさと行って!」


「……はっ」


挨拶をして部屋を出たのは、副団長のエイベルだ。アルジャーノンとは旧知の仲で、今も密に連絡を取り合っている。


「副団長どうでしたか」


騎士団の控え室に戻ったエイベルに、団員たちが不安そうに声をかけた。


「いや、もう……話にならない」


「そんな……でも俺たちは無実と分かっていてジュベル侯爵様を手にかけるなんてとても出来ません!」


若い団員が顔を歪めて訴えた。それは当たり前だ。エイベルだってこのまま皇后の言いなりになるつもりはない。


「……アルジャーノンは?」


「ご両親の牢の前でご両親を守っておられます」


「そうか。いつまで引き伸ばせるだろうか」


アルジャーノンが正式な王位継承者だと聞いたのはつい数日前だ。その彼がいるのだから誰も手出しは出来ない。……いや、皇后の命令通りに手を出さなくて済んでいるのだ。


「貴族会議で早く国王が決まればいいんだが。この調子なら十中八九新国王はアルジャーノンだ。そうすれば皇后陛下やセス殿下を抑えることが出来る」


(……貴族会議は明日。

とにかくそれまで持ち堪えてくれ、アルジャーノン)


明日に向けてベラが怪しい動きをしているのは皆が知っている。早く権力を奪わなくてはこの国は本当に駄目になってしまうだろう。


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