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第103話 嫌な予感

「ちょっとアルジャーノンの様子を見てる来る」


そう言い残して、エイベルは控え室を出て行った。






「アルジャーノン」


「……エイベルか」


「まあ、エイベル。来てくれたのね」


牢の中に囚われているジュベル侯爵夫人が、にっこりと微笑む。だが、その顔は酷く頬が削げ、顔色も悪い。


「すみません、鍵を開けることが出来なくて……」


「いいのよ。鍵は皇后陛下が持って行ったんでしょ?私たちなら大丈夫よ。だって何もしていないんだからすぐ誤解は解けるわ」


だが、相手は言葉の通じない独裁者だ。おおかた、ジュベル夫妻を犯人に仕立て上げ、その息子であるアルジャーノンを国王になるには不適格とでも言うつもりだろう。


「貴族会議で勝ち目がないからって……」


エイベルはドンと岩壁を拳で叩いた。


「エイベル、少し良いか?」


「ああ」


両親に聞かれたくない話なのかと、エイベルは黙ってアルジャーノンに着いていく。それでも牢が見える場所を選んで、アルジャーノンが口を開いた。


「シャール様と連絡が取れないんだ。最近どこかで見かけてないか?」


「いや、城には来られてないと思うぞ。……連絡が取れないって?ミッドフォード公爵様は良くここにも来てるんだから聞けばいいだろ」


「それが、体調を崩して寝てるとしか……。心配いらないとは言われてるんだが、なんて言うか……嫌な予感がするんだ」


「嫌な予感か……」


 エイベルはしばらく考えてから「分かった」とアルジャーノンの肩を叩いた。この男は不思議と勘が働く。彼がここまで言うのだからきっと何かあるんだろう。


「任せとけ。お前はひとまず侯爵様を守っておいてくれ」


「ありがたい。こんな事を頼めるのはお前しかいない」


 それを聞いて、エイベルはにかっと笑いながら頷いた。


 ……アルジャーノンが国王の嫡子だったと聞いた時はそれはそれは驚いて、すぐに態度を改めようとした。だが、アルジャーノンは今まで通りにしてくれと、なんと自分に向かって頭を下げたのだ。

 その姿を見て、今、アルジャーノンに必要なのは信じて託せる友なのだろうと理解した。


(それなら俺はそれに応えるまでだ)


エイベルにとってもアルジャーノンはずっと苦楽を共にした親友であり、幼馴染なのだから。


「……侯爵様、奥様、安心してお待ちください。この居心地の悪い場所からすぐに出ていただけるよう全力を尽くします」


「ありがとうエイベル。でも無理しないでね。ソフィアに怒られてしまうわ。怪我がないように、それに危ないと思ったら逃げることも大事よ」


 侯爵夫人は目に涙を溜めてエイベルを諭した。久しぶりに亡き母の名を聞き、エイベルの胸に温かいものが広かった。


「はい!必ずや守ります!」


 その約束も、そしてアルジャーノンの大切な人たちも。



 ※※※※※※※※※※



「まったく!どうしてあのネックレスがあいつらの手に渡ったの!?」


 ベラは手に持っていた偽のネックレスを床に叩きつけて足で踏みにじる。ガラスで出来たそれは、面白いように粉々になった。


 皇后ベラの部屋では、彼女の父親であるゴーン・ローゼット子爵と皇后の最側近であるバリアン男爵が、手にしたティーカップをカタカタと揺らして災害のような彼女の怒りが過ぎ去るのを怯えながら待っていた。


(まったく。この二人は本当に駄目ね。何の役にも立たない!貴族会がなければとっくに疎遠にしているのに!)


 本来なら男爵家や子爵家のような下位貴族は会議の参加資格がない。けれどこの国からどんどん高位貴族が国外に逃げてしまった今、こんな二人にも投票券が与えられることになったのだ。


「どうしてこんなに上手くいかないの。私はただ、セスを国王にしたいだけなのに。息子を思う母親の気持ちが蔑ろにされていいわけがないじゃない。本当に腹が立つ!」


「まあまあ、落ち着けベラ。ジュベル侯爵が拘束されたのだ。他の貴族への牽制にもなっただろう。貴族会は皆がベラの……いやセス皇太子の味方だ」


「……それならいいけど」


 その肝心のセスは相変わらず部屋にこもって享楽にふけっている。貴族会は明日だ。皆の前できちんと挨拶が出来るのかも怪しい。


「私はセスの様子を見に行くわ。お二方はもう帰って結構よ」


「ああ、分かった。ベラもあまり心配し過ぎないようにな」


「……分かってます」


 二人が逃げるように部屋を後にすると、ベラはため息をついた。最近のセスと話すのはとても骨が折れる。物理的な事だけではなく、話が通じない事が多いのだ。

「まあ、そうも言ってられないわね」


 今、この国に国王はいない。ベラが代理として取り仕切ってはいるが、屋台骨は脆弱だ。これを機に他国にでも攻め入られたらひとたまりもないだろう。なにしろベラに出来るのは外交の真似事くらいしかないのだから。


「……こんな時こそアルジャーノンが騎士たちの指揮を執って他国を牽制する立場のはずなのに」


 彼はこの国でも数少ない剣の達人、ソードマスターなのだ。……いや、国外に貴重な人材が流出した今となっては、この国唯一の、かもしれない。それなのに自分と敵対する立場になるなんて。


 だが、子供のように頑是ない事を考えていても仕方ない。ベラは重い腰をあげて、セスの部屋に向かった。

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