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第105話 囚われのオメガ姫

「馬車に乗っていた際に襲われたようだ。荒っぽいやり方から見て誰かに雇われた傭兵だと思うのだが……」


「捕まえたのか?」


「それらしき者に辿り着いたが、既に全員何者かに殺されていた」


「死人に口なしか……。攫ったのは皇后か、もしくはセス殿下だろう。彼らならシャール様を手元に置いておきたがるはず。城内に隠しているのでは?」


「その可能性は高いがおいそれとは探せない」


「それはそうだが……」


 ミッドフォード公爵家は先日の舞踏会で大々的にアルジャーノンの後ろ盾となる事を世間に知らしめた。その結果、城への出入りに制限を掛けられているのだ。


「私が行こう」


「だめです!下手すると貴方が皇后に狙われる!」


「大丈夫、上手くやりますよ。まずはどちらがシャール様を攫ったか確認してきましょう」


「ダビデ卿……申し訳ない。正直、手を尽くし切って八方塞がりになっていたのです」


「なにシャール様はうちの娘サラと大の親友です。ここで知らん顔でもしようものならあのじゃじゃ馬娘が剣を持って追いかけてきます」


 正義感が強く、実は腕っぷしも強いあの令嬢ならあながち冗談ばかりではないかもしれない。……アルバトロスは豪胆なサラ嬢の気持ちいい笑顔を思い出して、僅かに気持ちが凪いだ。


「ではアルバトロス公、ジュベル侯爵夫妻をお願いします」


「……承知した。何があろうと守ると約束します」


(よし、私も何があってもシャール様を探しだそう)


 ダビデは固く心に誓い、皇宮を目指した。


 ◇◇◆◆◇◇


 ベラがセスの部屋を訪ねようと、回廊を渡っていると、筆頭貴族の一つであるボーエンシュタイン侯爵がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。


(めんどくさいわね)


 ボーエンシュタインはミッドフォードと組んでアルジャーノンの両親のいる地下牢を守っている家門だ。そのうち城への出入りを禁止してやろうと思っていたが、そうしたら他の貴族の反感も買ってしまう。仕方なく見て見ぬふりをしていたのにこんな所で何をしているのか。



「欠けぬ王国の月にご挨拶申し上げます」


 片膝を地面につくほど曲げて、胸に手を当てるその所作が大仰すぎて、ベラは馬鹿にされているような気分になる。


「……何か用かしら」


「シャール様に用があり参りました」


「……?シャールに?それでどうして城に?」


 ベラは怪訝な顔でダビデを見た。


(まさかシャールが城を逃げ出した事を知らないの?いや、そんなはずない。一体何が目的なの……)


「昨日シャール様が城に向かわれたと聞いたのですが、認識違いでございましたか?」


「……知らないわ。呼んだ覚えもないしシャールが城に来る用事もないはずだけど」


「左様でしたか。誤った情報だったようです。大変失礼いたしました」


 ダビデは深く頭を下げて今来た道を戻ってゆく。


「なんなの……変な人。そうだわ、そんな事より早くセスに明日の準備をさせないと」


 ベラはドレスの裾を摘んで足早にセスの部屋に向かった。




(さて、そうなると誘拐犯はセス殿下か)


 ベラと別れたボーエンシュタインは話の聞けそうなメイドが居ないかあたりを見渡した。


(……あの様子では本当にシャール様のことを知らないようだった。だが、セス殿下が犯人だとして、皇后に隠れてシャール様を隠すとなると、城ではなく他の場所の可能性もあるな)


 その場合、セスは頻繁に外出をしていると思うのだが、話を聞こうにもメイドも侍女も示し合わせたように姿を見せない。……実はベラとセスの横暴ぶりに耐えかねた使用人たちが、続々と城を離れており、以前の半分ほどになっている事をボーエンシュタインはまだ知らない。


「……一体この城に何が起きているのだ……」


自ら皇太子の部屋を訪ねるわけにもいかないダビデは仕方なく邸に戻り、セスの所有する別荘地を片っ端から調べるよう侯爵家の騎士に命令をした。



 ◆◆◇◇◆◆


 シャールが次に目をさましたのは薄暗がりの中だった。

ベッドのすぐ横にある大きな窓から空を見上げると、真っ暗な空の高い所に小さな月が頼りなげに浮かんでいる。恐らく真夜中なのだろう。

 部屋の中には誰もいない。逃げられないと分かっているので、デモンは別の部屋で休んでいるのかもしれない。


「いたっ……」


 そろそろ薬が切れるのだろうか。自分のものではないような、感覚の鈍った足がじくりと痛む。


(……これからどうなるんだろう。アルジャーノンが気付いて助けに来てくれるかな……でもご両親が捕まってるんだもんね。それどころじゃないか)


 この別荘がそもそもどこにあるのかも知らないシャールは僅かの希望も見いだせなくなっていた。


 しばらくすると、だんだんと足元から感覚が戻ってきた。ズキズキとした重苦しさが現れ、定期的に神経に針を突き立てるような鋭い痛みが走る。それは傷口がまるで心臓になったかのように脈打つたびに疼いた。


「アルジャーノン……助けて……!」


 あまりの痛みに思わず彼の名前を呼ぶ。

 だが、本格的な痛みと共に、冷や汗や震えが始まった。そのうち尋常ではない吐き気に襲われたシャールは、嘔吐を繰り返しながらベッドをのたうち回る。


「アル……ジャーノンっ……」


息が詰まり呼吸が出来なくなると、痛みに支配されたシャールは泣きながら悲鳴を上げた。


「薬が切れたようだな」


 いつの間に現れたのか、デモンが手にトレーを持ってシャールを見下ろしている。

 もう意識を保つことさえ困難だったシャールは、彼を見た瞬間、全ての思考を放棄した。



 それからしばらく、毎日同じような日が続いた。

 痛みで目覚め、薬で眠る。

 そんな日々が一週間以上続き、シャールの神経は段々とすり減っていく。

 たまに目が覚めても、シャールは窓の外を見て、ぼんやりとしているだけになった。


 ……その目は何も映してはいない。


 原因は強い鎮静剤の効果ばかりではない。薬と共に与えられるモルヒネ。

 その中毒性もシャールを蝕んでいた。

 いつも薬が切れることに怯え、塞ぎ込んで暮らしていることもシャールを追い詰めている。

 そうしてシャールは心を壊し、考えることをやめ、ただ息をしているだけの存在になっていったのだ。


「シャール」


「……」


(これは誰だっただろう?どうしてそんな目をして僕を見るの)


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