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第106話 デモンとの結婚

「シャール、結婚式はいつにしようか。もう少し痛みが無くなってからの方がいいよな。二人きりで近くの教会に行って夫婦になろう」


(……夫婦?……結婚?)


 シャールは自分が誰かも分からないし、この男のことも知らない。

 けれど、どうしてもこの男が自分の好きな相手だとは思えず、返事もしなかった。


「シャール……」


抱き寄せられ嫌悪感に背中が泡立つ。今出せる渾身の力で男の胸板を押し返すと、途端に足に痛みが走り、シャールは顔を歪めた。


「……つっ……!」


 ……またあの痛みだ。足をズタズタに引き裂かれるような、死にたくなるほど鋭い痛み。あれが始まる……。

シャールは怯えた目でデモンを見上げた。


「いい子だ。そろそろ薬を飲もうか。よく眠れるように多めにな」


「……はい」


「……シャールはもう俺のものだ。やっと手に入れた」


 子供のように素直に口を開けるシャールに薬を与えながら、デモンは薄く微笑んでいた。



 ◇◇◆◆◇◇



「父上、母上、今日はどんな様子でしたか?」


アルジャーノンはいつものように両親と一緒に夜を過ごすため、地下牢を訪ねていた。


「何もなかったから安心してくれ」


「私はそれよりあなたが心配よ、アルジャーノン」


 夫人は頬が削げてしまった息子を心配そうに労わる。


「昼間は騎士団の仕事をして夜はこうして寝ずの番をしてくれるなんて、あなたはいつ眠ってるの?」


「大丈夫です。ここで仮眠してますし、長くここにお二人を留めるつもりはありません。今だけですから」


「仮眠なんて寝てるうちに入らないわよ。それにあなたが倒れたらシャール様が悲しむわ」


「……そうですね」


 アルジャーノンは曖昧に微笑む。

 ……実は親友のエイベルからシャールが公爵邸にいないと報告があった。彼の話では、体調が良くならないので空気のいい別荘に療養に行っているとのことだったが、このタイミングで地方に行くなんて信じられない。

 それにもしそれが本当だとしたらかなり重篤な状態ということになるだろう。


 心配でたまらないが、今はこの場所から離れることも出来ない。誰もいなくなった途端に、皇后が両親に何をしでかすか分からないのだから。


「心配ないですよ。そろそろ眠ってください。……硬い床で申し訳ないですが」


「あら、ミッドフォード公爵さまがとても良い敷物を下さったの。獣の皮ですごく厚くて暖かいのよ」


 ほら、とローズが見せてくれたのは希少な魔獣の皮で、とても長い毛足はどこの絨毯にも負けないほど深々している。


「……本当ですね。僕からもお礼を言っておきます」


(本当にありがたい。見張りをするのは騎士が逆らえないほどの上位貴族でないと意味がない。だから侯爵家の当主達も順番でこんな場所に毎日来てくれている)


 それもこれも、自分たちを繋げてくれたシャールのお陰だ。アルジャーノンはたまらなくあの笑顔に会いたくなった。


(明日の朝、交代の方が来てくださったら少しだけミッドフォード邸に行ってみよう)


 アルジャーノンはそう決めて、両親の側で仮眠を始めた。



 ◇◇◆◆◇◇



 翌日、貴族会議の当日。


 ミッドフォード邸には本日の会議に出席するアルジャーノン派の家門、約二十名ほどが集まり、最終的な方針を固めていた。


 そんな中、ダビデ・ボーエンシュタイン侯爵は、ひっそりとアルバトロスに近づいて、昨日の皇后とのやりとりを話す。そしてシャールは城にはいないのではとの見解を伝えた。


「……皇室が所有している別荘は山ほどある。しらみつぶしに回るしかない」


 だが、セスが犯人であればシャールに危害を加えるようなことはするまい。ようやくアルバトロスはひと心地着いた気分だった。


「ミッドフォード侯爵様、少し宜しいでしょうか」


「クラン!何か分かったか?」


 餅は餅屋。情報にかけては彼の右に出るものはいない。アルバトロスはクランとダビデに手招きをしてドアを開け、廊下に出た。


「居場所自体はまだ掴めておりません、申し訳ございません。ですが、皇后陛下やセス殿下もこの件に関わっていないことが分かりました」


「なんだと?殿下ではない?」


「はい。むしろ殿下こそ血眼になってシャール様を探しておられます」


「そんな……じゃあ誰が?」


「他の貴族が関係していることが分かりました。信頼出来るギルドのリーダーが、仕事を請け負った傭兵と貴族が話しているのを見たそうです。……その時見た家紋が……」


「なんだ?どこの家紋だ?」


「証拠はありませんが、バリアン男爵家の物に似ていたと」


「バリアン?どうして奴が……」


 そうか、せっかくルーカが皇后になる予定だったのに、アルジャーノンが即位すればその夢は消える。だからシャールを攫ってアルジャーノンが国王になるのを辞退させようとしてるのだろう。

 それなら今日の貴族会議で自分に接触してくるはず。


「まずは貴族会議を何とか乗り切ろう」


「はい、私はバリアン家に遣った情報屋の報告を待ちます。もし会議中にシャール様の居場所を突き止めたら向かってもよろしいでしょうか」


「頼む。シャールの命が最優先だ」


「承知しました」


「……ではそろそろ行くか」


「お待ちください!!」


 三人が振り向くと、そこにいたのは思いつめた顔をしたアルジャーノンだった。




「アルバトロス様、どういうことですか……」


「アルジャーノン……」


「病で療養中だと聞いたのですが、まさか誘拐?」


「……落ち着けアルジャーノン。まずは貴族会議に参加しないといけない」


「シャール様より優先されるものがあるのですか?」


「アルジャーノン……。しかし本日参加しなければ君は王位継承の意思なしとしてセスが国王に即位してしまう」


「構いません」


「アルジャーノン!これはシャールが考えて進めてきた事だ。国のために人々のために、そして君とシャールのために!」


「アルバトロス様」


「……なんだ」


 アルジャーノンはじっとアルバトロスを見つめた。その目には、自暴自棄の様子はない。

 冷静に状況を判断し、優先順位を理解している顔だった。


「私はシャール様……運命の番の匂いをある程度の距離であれば感じる事が出来ます。探すのにうってつけだとは思われませんか?それに今回セスに王位を譲ったとて、我々にチャンスがなくなるわけではありません。むしろここで万が一シャール様を失うような事があれば、間違いなく私は気が狂うでしょう」


「……分かった。そこまで言うなら。クラン!アルジャーノンと共に動いてくれるか」


「承知しました。ではアルジャーノン殿下、急ぎましょう」


 アルジャーノンは頷いてクランと共に走り去った。


「……どうするんだ、アルバトロス」


「さあ……最終的には謀反、かな」


「そんな簡単に言うなよ。まあでも、アルジャーノンならそっちの方が確実かもな」


「君こそなんて事を言うんだ」


 そう言いながらもアルバトロスは笑っている。


「だが、セス殿下側につく貴族もいるし、皇室騎士団だって王命には逆らえない。例え尊敬する騎士団長相手でも剣を向けないといけないんだ。大勢にかこまれたらさすがのアルジャーノンだって命の保証はないぞ」


「……仕方ないだろう。あんな状態で無理やり連れて行っても役に立ちそうもない。それにな、悪いが私も国かシャールかと聞かれたらシャールの方が大事なんだ」


「……それは理解できるが」


 ダビデだって国は大切だが、一人娘のサラと引き換えにとまでは思えない。


「私たちはひとまず貴族会議に参加して我々が出来る事をしよう」


「……そうだな」


 確かにシャール様さえ生きていればどうにでもなる。ダビデは気持ちを切り替えて王城へ行くための馬車に乗った。



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