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第107話 バリアン邸へ

 シャールを救出すべく、ミッドフォード公爵邸を飛び出した二人は、商会の馬車に乗り、バリアン男爵邸に向かった。


「今まではこっそり忍び込み情報を集めておりましたが、今日は皇太子殿下がいらっしゃるので正面から堂々と訪問しようと思います」


「ああ、一刻を争う状況なのだから構わない」


「助かります」


「……それにしてもシャール様は随分と貴方を信頼しているんだな」


「……シャール様のお考えは分かりません。ただ、私自身はシャール様に人生を救われましたので恩義を感じております」


「命……ではなく人生を?」


「はい。シャール様と初めてお会いした頃、私は立ち上げたばかりのギルドを大きくするために自分の信義に背く仕事ばかりしておりました。……家族を顧みてくれない父に自分の価値を示そうと必死だったのです」


 クランはそんな自分を卑下するように俯いて微笑んだ。


「そんな私にシャール様は正しい道を示してくださいました。この国一番のギルドになったのもシャール様の言葉があったからです」


「言葉?」


「……この国が好きかと。この国のために動け、お前にはそれが出来ると。……それからトラブルが起こるたびにその言葉をよすがに頑張ってきました。……まあそのトラブルの大半はシャール様が持ち込んだ物ですけど」


 冗談めかして笑ってはいるが、彼にとってシャールは本当に人生の恩人なのだろう。

 アルジャーノンは二人の絆を少しだけ羨ましいと思った。


「そろそろです」


「ああ」


 もうバリアン男爵は貴族会議のために城に向かった後だろう。家族の同意が得られなければ無理矢理にでも家中を捜索しよう。


 そう決めて、アルジャーノンは男爵邸の門の前に立った。


「……どちら様でしょうか」


 門の中にいた痩せ細り年老いたメイドが、不審そうに二人を見る。……それにしてもとっくに引退していてもおかしくない年齢に見えるが、バリアン男爵家の財政状況はそんなに厳しいのだろうか。


「突然すまない。男爵夫人にお会いしたいのだが」


「皇室騎士団の方が何のご用でしょう」


 老婆はビクビクしながらそう尋ねる。確かに用件も言わず取り次ぎは難しいだろう。


「失礼した、急ぎ人を探しているので不躾だが邸内に入れて貰いたい。探し人はミッドフォード公爵家のシャール様だ」


「シャール?!」


 老婆は驚いてアルジャーノンを見上げた。


「シャールがいなくなったの?いつ?」


「あ……十日ほど前です」


 クランが答えると、老婆は地面にくずおれた。


「あの、失礼ですがもしや貴方が男爵夫人のダリア様でしょうか。シャール様の叔母様であられる……」


「……はい」


 クランのまさかの問いかけにアルジャーノンは驚いた。確か夫人はアルバトロスの妹と聞いていたが、よもやこのように年老いているとは。


(……アルバトロス様の姉上、いやご母堂と言われても信じてしまいそうだ)


 アルバトロスが若々しいというのもあるが、これほどの外見になるほどの苦労があったということか。


「……シャールはここにはおりません。ですが、居場所の手がかりがあるかもしれませんのでどうぞ中に」


 ダリアはのろのろと立ち上がり、二人を邸内に招く。その背中はあまりに小さく疲れていた。


「……ご子息がおられると聞きましたが」


「……ええ、二人おります。下は二年前に子爵家の婿養子に入り、家を出ました」


「……上のご子息は」


「……」


「ダリア様」


「こちらが主人の執務室です。ろくに仕事もしていませんが、何か隠しているとしたらここかと思います」


 そう言うなり、ダリアは持っていた工具でガチリと鍵を壊す。そして、驚いている二人に中に入るよう促した。


「……シャールを連れ去ったのは長男のデモンではないかと思っています。最近デモンはずっと家に帰っておりませんので。うちが所有する別荘がありますからそこにいるのかと……」


「どの辺りですか?」


「……分からないんです、すみません。別荘を使うのは主人と愛人です。たまに息子たちがよからぬ友人と遊びに行くくらいで」


 それを聞いて二人は机や本棚を物色し、何か場所の手がかりはないかと探し始める。その横でダリアも隠しドアや引き出しを開けようと躍起になっていた。


「ダリア様、お怪我をされます」


「いいんです。シャールは大事な甥です。私が弱いばかりにこんな目に遭わせて……」


 シワだらけの頬に涙の滴が落ちた。老いて見える顔の中でその瞳だけが力強く輝いていて、アルジャーノンは彼女の覚悟を見て取った。


「デモンが生まれた時、神官をしている友人がお祝いに来てくれて……デモンを見るなりこの子はアルファだと言ったんです」


「……何ですって?」


「ご存知の通り、生まれた時にアルファかどうかを確認するのは王族のみ。今回たまたまそうだと知りましたが、貴族にアルファが生まれることは稀にあるそうです。でも人に知られて良いことはないので、そのことはずっと私の胸にしまってました。けれど何故かデモンは自分がアルファだと知っていて……。そしてシャールを愛してると、自分の運命の番だと言ったのです」


「……シャール様の運命の番は私です」


「……そうですよね、あの子の一方的な気持ちだと言うことは分かっております。けれど自分がアルファと知ってオメガのシャールを攫ったんです……シャールにまだヒートが来てないのが唯一の救いです……」


 アルジャーノンは顔を強張らせてその話を聞いていた。手元の紙をグシャリと握り、叫び出したいのを懸命に堪えながら。


(シャール様は先日俺のせいで初めてのヒートを起こした。今後、アルファと一緒にいたら……)


「アルジャーノン様!この地図を見てください!」


 クランが手にした紙を机の上に広げた。

 ここから五時間ほど離れた場所、何もない山奥の一ヶ所に印がついている。おおかた人目を気にしてこんな場所に別荘を構えたのだろう。


「ここに向かう。ダリア様、馬を借りられますか」


「勿論です。そんなに良い馬ではないですが、隣の馬場にいるのでどうぞお使いください」


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