「クランは後始末を頼む。ダリア様をミッドフォード邸にお送りして欲しい」
「いえ、私は……」
気は急いていたが、バリアンが帰って来て、この執務室の惨状を見たらダリアがどんな目に遭わされるか分からない。
「ダリア様、シャール様は貴女を大切な家族だと思っておられます。そんな方に何かあれば悲しまれます。どうかクランと共に避難を」
「……分かりました」
その返事を聞くなり、アルジャーノンは部屋を飛び出して最初に目が合った馬と共に目指す方向に走り出した。
(……シャール様には申し訳ないがどんな状態でも生きていて欲しい!)
ただそれだけを願い、アルジャーノンはシャールの元に向かった。
◇◇◆◆◇◇
正午を過ぎる頃、城は貴族会議に参加する三十ばかりの家門の当主たちが重苦しい雰囲気の中、それぞれの席に着いていた。
上座には皇后がおり、その隣にセスが座っていたが、彼の雰囲気があまりにも不機嫌で皆は戦々恐々としている。
「では会議を始めます!皆さん静粛に!」
トムズ・バリアン男爵が大声を出すが、皆は鼻で笑い、言う事を聞かない。
それもそのはず、普段であれば宰相であるジュベル侯爵がやるべき仕事だ。
だが一ヶ月ほど前、突然ジュベル侯爵はその任を解かれた。この国にとって最後の良心と言われた彼は、呆気なくバリアン男爵にその地位を取って代わられたのだ。
「あの……皆さん!始めますので静かに!」
トムズは声を荒げるが、その合間に貴族たちから「男爵風情が」だの「力量もなく口先だけで皇后の側近になったくせに」などの、悪口が囁かれている。
皇后はこの状況にため息をつき、自ら会議の開会を告げる言葉を発した。
「皇后陛下、ありがとうございます。……では早速貴族会議を始めます。次の国王についてですが、この国の皇太子はセス殿下お一人なので、即位の準備を進めて参る予定です。つきましては……『待った!』」
トムズの言葉を遮ったのはミッドフォード公爵だ。こう言った会議においては貴族の中でも筆頭となる家門が一番最初に声を上げる決まりとなっている。
「お聞き及びかと存じますが、前皇后、アフロディーテ様の長子が見つかりました。順当にいけばその方が継承権第一位かと思われます」
「……そ、それは。確たる証拠がない以上、認めるわけにはいきません!」
「……証拠ならあります。アフロディーテ様がアルジャーノン殿下に残されたネックレスです。他にも彼がアルファである事、父王に生き移してあることを鑑みて、間違いないと踏んでおります」
「そんなバカな事ある?今更前皇后の子供が見つかるなんて。そもそも前皇后が子供を産んでいたなんて初耳ですわ」
吐き捨てるようにそう言ったベラを見て、アルバトロスは胸の内で(つい先日まで自身が血眼で探していたくせに)と悪態をついた。
「そうね、どうしてもと言うなら親子鑑定でもしないと信じられないわ。……まあ両親とももうこの世にいないわけだし証明のしようもないけれど」
(それに陛下の髪の毛なりが残っていたとしても神殿は私の言いなりよ。もし望まない結果なら証言を変えさせることなんて難しくないわ)
一歩も引かないベラの態度に、普段付き合いのない家門の当主たちがざわめき始めた。どちらの言う事が本当なのか……それを確認する術がない。
それを見て、ベラはにやりと笑った。
「ミッドフォードが自分たちで用意した「偽物」を押すのであれば構わないわ。公平に全員で投票と行きましょう。……まあ万が一その偽物が選ばれて、あとでバレた場合、その偽物を押した者たちは国家反逆罪として一族もろとも打首だけどね。もちろん幼い子供たちや赤ん坊まで全員よ」
ベラはチラリと斜め前に座っていたダンヒル伯爵の目を見つめた。彼にはつい先日生まれた初孫がいる。目に入れても痛くないほど可愛がっているという話は、ベラの元まで届いてた。
「……赤ん坊まで」
真っ青になって俯くダンヒル伯爵にベラはほくそ笑んで話を続けた。
「それに今日は参加してないようね?バレるのが怖くて顔を出せないのかしら?そもそも当の本人がいないのなら例え投票で選ばれたって無効だわ」
「……ミッドフォード公」
ボーエンシュタイン侯爵はアルバトロスの様子を伺う。この流れは良くない。他の家門の貴族たちもそわそわと落ち着かない様子で、互いに顔を見合わせている。
アルバトロスは、大丈夫だと言うように、ダビデに笑いかけた。
「皇后陛下、無礼な発言をいたしました。申し訳ありません」
頭を下げるアルバトロスに、味方の家門の当主たちが驚きの声を上げた。
「……実はオメガ姫である一人息子が誘拐され、気が動転していたのです」
「……え?何ですって?……」
聞き間違いかと問い返したベラより、隣に座るセスの行動の方が早かった。勢いよく椅子を蹴り、アルバトロスに駆け寄ったのだ。
「シャールが誘拐?!誰にだ?!」
「……分かりません。ただ、バリアン男爵が関わっていると言うことしか……」
「は?!」
突然思いもよらない場面で名前を出されたトムズは、皆の疑惑の眼差しを必死になって否定する。
「私は何も知りません!なにしろシャールとは親戚関係にあります!私があの子をどうにかするわけが……ひいっ!!」
「シャールをどこにやった!?」
「お助けください!セス殿下!本当に知らないのです!」
セスの手によって殴られ、床に引き倒されたトムズは泣きながら謝罪と否定を繰り返す。そんな騒動の中、アルバトロスはトムズに向かって「この嘘つきが!」と罵声を浴びせた。
「最近お前が隣国で奴隷を売り買いしているのを知ってる。シャールも売ったんだろう?!あんなに美しい子だ。明日隣国で開かれるオークションにかけられたらどんな酷い目に遭わされるのか」
「お前……」
「本当に知らないのです!!」
セスが怒りに燃え上がった目でトムズを睨むが、当のトムズは身に覚えのない話に「知らない」と同じ言葉を繰り返して震えるのみだ。
「くそっ!!!バリアン、お前の処分は帰ってからだ!」
セスはトムズの胸ぐらを掴み、床に叩きつけて部屋を飛び出した。
「セス!?待ちなさい!どこへ行くの?!」
「隣国に決まってます!誰か!馬車を出せ!」
セスは大声で指示を出しながら城の廊下を駆けていく。
「待ちなさい!……バリアン!あなたなんて事してくれたの!処分は後で下すわ!……待ちなさい!セス!!」
「ち……違います!皇后陛下……!お待ち下さい!!」
会議の途中で居なくなってしまった二人の後を、顔を腫らしたバリアン男爵が必死になって追いかける。
そんな突拍子もない出来事に、貴族たちは戸惑い、どうしたものかと顔を見合わせていた。
「……皆さん!ご存知の通り、会議中の退室は参加権利を失います。けれど皇后陛下まで出て行ってしまわれたので今回の会議は無効とし、後日延期といたしましょう。よろしいですか?」
……よろしいも何も、方法はそれしかない。貴族たちは皆、拍手で賛成の意を表した。
「それではこれをもって閉会とさせていただきます」
こうしてアルバトロスは、まんまと次期国王の選出会議を延期させたのだった。