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第111話 帰宅

「ああ、……大丈夫ですよ。シャール様は何もされてません」


「どうして分かるの……そんな気休めいらない」


「分かるんですよ、匂いで。」


「え?」


「アルファは独占欲が強いので他の人間の匂いに敏感なんです。シャール様からは誰の匂いもしません」


 驚いてアルジャーノンを見たシャールの目に少しだけ光が戻った。


「だから安心してください」


「……ほんと?」


「ええ、本当です」


「よかった……」


 しゃくりあげて子供のように泣くシャールの背中を、アルジャーノンは力強く抱きしめて、その涙を拭った。





 医者の親切で一緒に病院にいられることになったアルジャーノンは、献身的にシャールの看病をした。

 食事を口まで運び水や薬を飲ませて、モルヒネの禁断症状に苦しむ時は、一晩中抱きしめて眠った。

 そのおかげか、随分と体調も戻ったが、やはり足の傷だけは完治が難しいようで、悲惨な戦場を経験しているアルジャーノンでさえ目を背けたくなるほどの跡を残した。


(デモンを捕まえたら極刑にしよう)


 そう思いつつ奴が姿を現すのを待っているが、あれから一向に見かけることはなかった。危険を察知してどこか遠くに逃げたのかもしれない。


「僕もう歩けないんだよね」


 少し落ち着きを取り戻した頃、シャールは寂しそうにそう言った。


「どこに行くにも抱いて連れて行きます。ずっとシャール様に触れていられるので私は嬉しいですよ」


「ふふっ。相変わらずアルジャーノンは僕に甘いね」


「当然です。……けれどもっと甘い人もいますよ。ミッドフォード公爵が遠路はるばる馬車で迎えに来られてます」


「ほんと?父上に会いたい」


「ええ、行きましょう。退院の許可も貰いましたので」


「やった!」


半月にも渡る治療を経て、シャールはようやく家に帰れることになった。

 親身になって治療に当たってくれた医師と看護師たちに心からの礼を言い、二人は仲良く馬車までの道をゆく。


「シャール!!」


「父上……!」


 アルバトロスは馬車から飛び降りて、愛しい我が子をぎゅっと抱きしめる。


「こんなに長く離れていたのはゴートロート公にお前を託して以来だな」


「うん、会いたかったよ父上」


「本当にお前は目が離せないな」


 感動の再会も束の間、馬車が動き出すと、アルバトロスはシャールの軽率な行動についてこんこんと説教を始めた。シャールも自身の危機感の無さが招いたことだけに、小さくなってそれを聞いている。


「……けれど」


 アルバトロスは声を震わせて大きなため息をつく。


「ここまでの罰を受ける理由にはならない」


 アルバトロスの視線は痛々しいシャールの足首に注がれていて、そんな父親の姿を見ているだけでシャールは心を深く抉られる気持ちだった。


「ごめんなさい……」


「……いやお前は悪くない。騙されたのは迂闊だったが、騙す方が遥かに悪いのだ。お前が一番辛いのに怒ってすまなかった」


「父上……」


 暖かい父の腕に抱かれたシャールは心から安心して身を預ける。……まるであの悪夢のような時間こそが夢だったかのように。


「だが、デモン……いやバリアン家には相応の罰を受けてもらわねばならん」


「ダメです!そんな事したらダリア叔母様が!」


 シャールの言葉にアルバトロスは優しく微笑み、「大丈夫だ」と答えた。そして危険がないよう、馬で馬車を護衛している、頼もしい未来の娘婿を見遣った。


「アルジャーノンがダリアをうちに送り届けてくれた。聞けば暴力や浮気が日常的にあったらしいので、今回の件も合わせ離縁をさせてうちで面倒を見る予定だ」


「……ほんと?!良かった!」


(アルジャーノンは本当に優しい)


 シャールは馬車のカーテンを開けて、凛々しい恋人の横顔を盗み見た。



 ◆◆◇◇◆◆



 数日後、アルバトロスは無事にシャールが戻ったと皇室に報告をした。そして攫われた先は隣国ではなかったが、やはりバリアン男爵家の息子が犯人だったと伝えた。


 セスの怒りは相当なもので、ベラの反対にも屈することなく、バリアンは即刻宰相の座を外され、沙汰があるまで別宮で保護という名の監禁となった。

 そしてシャールを見舞おうと連絡を取った際に、二度と歩けなくなったと聞いて、ショックのあまり寝込んでしまったのだ。


「……いい加減にしなさい、セス」


「母上?何の用ですか」


 目が覚めると目の前に仁王立ちの母親がいる。セスはげんなりして再び目を閉じる。


「いつまでショックを受けてるの。貴族会議よ。早く国王にならないといけないでしょう」


「シャールが大変な目に遭って傷ついてるのにそれどころじゃない」


「…………はぁ」


 ベラの盛大なため息はセスの神経を逆撫でする。幼い時から何か失敗するたびにこのため息で身の縮む思いをしたのだ。


「けれど歩けなくても皇后にはなれる。シャールを改めて皇后にするために力をお貸しください」


「……じゃあまずはあなたが国王にならないとね。そしてアルジャーノンを廃嫡すればシャールもあなたの元に戻るかもしれないわよ」


「アルジャーノンか……。シャールはあんな奴のどこがいいんだろう。昔はあんなに俺を好きだったのに……。どうして変わってしまったんだろう」


(あなたが情けないからよ。しかもあっちこっちで遊び歩いて。シャールじゃなくても愛想を尽かすわ)


「何か言いたそうですね」


「……結婚できたら今度こそ大事になさい。挽回するのよ」



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