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第112話 デモンの逃亡

「分かってます。その為にもバリアン男爵家を取り潰しにします。いいですね?」


「……仕方ないわね」


 考えてみれば、ルーカはもう産月だ。先日から前駆陣痛があるので間もなく出産となるだろう。産まれてさえしまえば実家の存在など不要、それにあんなだらしない家門ならない方がましかもしれない。


「じゃあ爵位剥奪の上、家門を取り潰しにします。もちろん息子の方も」


「分かったわ。でも貴族会議が終わってからよ」


 あんな男でも大事な一票を持っているのだから。


「分かってます。俺が王位についたらジュベル侯爵やボーエンシュタイン侯爵も反逆罪で罪に問えますね。シャールの周りにいる奴らは皆排除だ」


「そうね、気に入らない家門は全部潰してしまえばいいのよ。そして地位が低くても忠誠を誓う者に高い爵位を授ければいいの」


 先日、ダビデ・ボーエンシュタインを中心とした筆頭貴族たちが声を上げ、証拠不十分だと言って、とうとうジュベル侯爵夫妻を牢から出してしまったのだ。あのアルジャーノンの養親と言うだけで腹立たしいというのに。


「そうだ。即位したらアルジャーノンも処刑してやろう。放っておいたら王位を狙って暗殺しに来るかもしれないし」


 (どの道、シャールは自分の元に戻ってくる。もし言う事を聞かなければミッドフォード公爵家を潰すと脅せば俺の側から逃げないだろう)


 セスは自分の明るい未来に胸を躍らせながら早速侍従長に、近日中に会議の招集をかけるようにと命じた。



 ◇◇◆◆◇◇



「くそっ!やっぱりシャールを病院なんかに連れて行かなければ良かった!」


 デモンは草むらの影に隠れて歯噛みする。


 すぐシャールを迎えに行くはずだったのに、翌日にはもう、病院の周りを騎士たちが護衛していた。


 一体誰が?何故ここが分かった?


 仕方なく一度は引いたものの、その後も騎士たちは持ち場を離れない。


「なんなんだ。別荘のドアは壊されてるし、誰が俺たちを引き裂いたんだ」


 だって俺たちはもう夫婦になったのだ。神の前で誓いを立てたのに、シャールに会えないのはどう考えてもおかしい。


 そうしてしばらくの間、なすすべなく見守った挙句、ある日突然シャールは馬車でどこかに連れて行かれてしまった。しかもあの憎いアルジャーノンに!


「シャールは騙されてる。早く助けに行かないと」


 向かったのは多分、王都にあるミッドフォード侯爵家。機会を窺って必ず取り戻す。

 デモンはそう心に決めて、自身も王都に戻るべく、準備を整えた。



 ……だが、バリアン邸に帰り着いたデモンを待っていたのは誰もいない空っぽの屋敷のみだった。

 しかも無人の邸は空き巣に入られたようで、家中から金目の物が無くなっていた。


「母上!どこですか!……まったく本当にあいつは使えないな」


 デモンはチッと舌打ちをして母親を探すが、家中を彷徨っても、どこにも彼女の姿はない。


「母上!!」


 荒らされた部屋がまるで廃墟のようで、段々と自分がどこにいるのかもわからなくてなってきた。


「おかしい……そうだ、父上は?何故いないのだ」


 もう夜も更けているのに帰ってこないのは変だ。仕方なくデモンは、数年前に結婚して家を出た弟のアーリーに事情を聞こうと、近くにある子爵邸に向かった。



「デ……デモン兄さん?!」


 アーリーの書斎は一階にあり、庭に出られるよう勝手口が付いている。デモンは庭に回ってそのドアから弟を訪ねた。


「おいアーリー!父上と母上はどこだ?!家が盗賊に荒らされてて誰もいないんだ」


「……母上はミッドフォード家に戻ったと聞いてる。離婚手続きを進めていて、間も無く受理される予定だ。父上は謹慎の沙汰が下って離宮で監禁に近い軟禁状態だ」


「は?離婚?謹慎?一体何があったんだ?!」


「兄さんのせいだろ!」


アーリーは兄の肩をドンと突き飛ばす。


「兄さんがシャールを攫うから父上は連帯責任で閉じ込められてるんだ。……まあ別件で余罪もあったみたいだけど」


「連帯責任……」


「……母上も流石に愛想が尽きたんだろ。それよりデモン兄さん、逃げた方がいい。皇室騎士団とミッドフォードの近衛騎士団が兄さんを探してる」


アーリーは周りの様子を伺うように声を潜めてデモンに忠告した。


「皇室騎士団まで?」


「ああ、セス殿下がかなりお怒りだ。もちろんアルジャーノン殿下も。とんでもないことをしてくれたな」


「……誘拐じゃない。シャールは俺の妻だ」


「まだそんなこと言ってるのか?しっかりしろよ、デモン!」


「アーリー?」


「昔は一緒にシャールを虐めたりしたけどさ、よく考えろよ?シャールに手を出してタダで済むわけないだろ?あいつはこの国唯一の優勢オメガ姫だ。確かにルーカは可愛いけど俺は自分や自分の家族のほうが可愛いし大事だ!」


「アーリー……」


その時、ドアをノックする音と、アーリーの娘が「パパ」と呼ぶ可愛らしい声が聞こえた。


「ほらもう行って!二度と来ないでくれ。俺は幸せに暮らしてるんだ。巻き込まれたくない……リリア!ちょっと待ってろ、すぐ行く!」




デモンは身を翻し、足早に子爵邸を出た。先ほどアーリーから聞いたことが頭の中をぐるぐると回っている。

母に愛想を尽かされ、父は自分のしでかした事の責任を取らされて閉じ込められている。


……二人とも俺のことを憎んでいるだろうな。

それなりにいい家族だったと思う。

けれど、俺にとってシャールは、そんなものと比べようもない。

前生でシャールを失ったと知った時の、絶望と怒りがデモンの胸に蘇る。


(……逃げ切らなければならない。シャールと再び会えるまで)


デモンは黒いマントの襟を掻き合わせ、闇夜に紛れながら、身を隠せる場所を探すために人気のない街を走った。


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