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第113話 再び貴族会議

「シャールや、冷たい桃がある。食べなさい」


「わあ!ありがとうございます!お祖父様!」


シャールがミッドフォード邸に戻ってから、ゴートロートは片時も彼の側を離れようとしなかった。

毎日、不自由な体で世話を焼き、側に寄り添ってその大きな体でシャールを抱きしめる。


……そしてシャールの見ていない所で寿命が縮むほど泣き暮らしていた。


「私が代わってやれたらいいのに」


縫い合わされた踵を避けてゴートロートは毎日シャールの足をマッサージしている。感覚が無くなった訳ではないのでくすぐったがって笑うシャールを、暖かい目で見守りながら。


「だめです。お祖父様が歩けなくなったら困るもの」


「お前は本当に優しい子だな……どうだ?少しは上手くなったかね?」


「はい!力加減が丁度いいです」


「そうか」


自力で動かせなくなってしまった足首から先は、血の巡りが悪くなり放っておいたらすぐ紫色に変色してしまう。

ゴートロートはそうならないように、一日に何度もこうやって足を揉んでくれるのだ。


「……お祖父様ごめんなさい」


「何故シャールが謝る?」


「……だって悲しい思いをさせてるから」


不覚にもシャールの前ではあんなに我慢していた涙がぽたぽたと掛け布団の上に滴り落ちた。


「……歳を取ると涙脆くなっていかん。そうだ、アルジャーノンはどうした?」


ゴートロートは服の袖で涙を拭い、わざと明るい声で訊ねる。


「仕事が終わったら来てくれるはずです」


「そうか……なあ、シャールや、私と一緒にあの古城に帰らないか?」  


逡巡するようなゴートロートの言葉にシャールは目を丸くした。


「古城の湯に浸かればもしかして歩けるようになるかもしれんだろう?何よりもうお前をこんな危険な場所に置いておくのは嫌なのだよ」


「……お祖父様」


シャールが腕を伸ばして抱っこをせがむと、ゴートロートは破顔して痩せ細った体を抱きしめてくれた。


「自然の中で美味しいものや楽しいことだけをして暮らそう。誰も咎めやしない。シャールはもう十分頑張った」


抱かれたままの体に、ゴートロートの押し殺した嗚咽が響く。


「はい」と頷いてしまいたい気持ちを抑え、シャールは明るく「まだです」と言った。


「アルジャーノンはこの国の王となるべきです。そしてそれを支えたいと思っています。だからまだ行けません……。我儘言ってごめんなさい」


抱きしめる手に力を込めれば、同じだけ、いやそれ以上の愛をもって抱き返してくれる。

ゴートロートとの出会いはシャールにとってとても意味のあるものだった。


「あらあら赤ちゃんがいるわ」


いつの間に来ていたのか、リリーナが手に薬と水を持って、二人を見て笑っている。その横にはバリアン男爵とようやく離婚が成立して、ようやく元気になったダリアもいた。


「赤ちゃんなのはお祖父様だよ」


「ははっ、なんだと?こいつ生意気だな」


声を出して笑い合うゴートロートとシャール。それにリリーナとダリアも、血筋など関係ない、紛れもなく本当の家族だった。


◇◇◆◆◇◇


それから一週間が過ぎ、再び貴族会議が開催された。

メンバーはほとんど同じだが、前回は参加出来なかったジュベル侯爵、それにシャールとアルジャーノンが並んで席に座っている。

その向かいにはベラがいて、胡乱な目で二人を見ていたが、シャールは美しい笑顔で会釈を返した。


「……ところでバリアン男爵の顔色が悪いようですが?」


円卓の一つに腰かけてはいるが、先程から俯いてばかりで目も合わせない。しかもあれだけでっぷりと出ていた腹が少し小さくなっていた。


「ええ、大人しいでしょう?ずっと軟禁されていましたから」


アルジャーノンが当然と言うようにシャールに教えてくれた。


「軟禁?」


「デモンはまだ捕まってません。その代わりにバリアン男爵が城に閉じ込められているんです」


デモン……シャールは嫌な記憶に顔を曇らせた。正直思い出したくもないが、これだけの事をされて許そうとも思えない。あの歪んだ愛とも呼べない執着を、粉々にしてやりたいと唇を噛む。


「お待たせしました」


ドアを開けて最後の参加者であるセスが現れた。シャールを認め、優しい笑顔を見せてから、自分の席につく。……隣のアルジャーノンに冷たい一瞥をくれる事も忘れない。


「それでは皆さまおそろいになりましたので貴族会議を始めます」


宰相に返り咲いたジュベル侯爵が厳かな声で開会を告げると、参加者は水を打ったように静かになった。


「次期国王について、身分の隔たりなく皆様の意見を頂戴したい」


ジュベル侯爵がそう言うと早速次々に手が上がり、皆の意見が飛び交った。


概ねアルジャーノンを押す声が多い中、ベラの実家であるゴーン・ローゼット子爵を始めとした幾つかの家門が、アルジャーノンの出自について、その信憑性を問題にし始める。


「まったく今さらアフロディーテ様の子供なんて、そんな眉唾な話がどこから出たものやら」


馬鹿にしたような顔で、そう言い捨てるゴーン。その品のなさに、隣の侯爵が眉を顰めた。

その時、突然アルバトロスが手を挙げて「最後の方がいらしたようです」と会議室のドアを開ける。


「メンバーはこれで全部では?」


訝しげな貴族たちの前に現れたのは、ゴートロート公爵その人だった。


「皆、久しぶりだな」


「ゴートロート様……!?」


いずれの家門の当主も一度は世話になった事のあるブライト王国の重鎮だ。今までゴーンと一緒に軽口を叩いていた貴族たちも一様に口を噤んだ。


「……ゴートロート公、何用ですか。今は大切な会議中で……」


このままでは分が悪い。そう感じたベラは何とか彼を部屋から出そうと必死に言い募る。だが、ゴートロートを相手にするには余りにも準備が足りなかった。


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