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第114話 セスの企み

「私もこの国の貴族なんだが何かの間違いか書状が届かなくてな。こうして自ら足を運んだ訳だ」


「け、けれど公はもう隠居しておられるではありませんか」


「おかしい事だ。住まいの場所を変えただけで今だ私は公爵家の当主なんだがね」


「くっ……分かりました。どうぞお座りください……」


悔しさに目の前が真っ暗になりそうなベラとは対照的に、ゴートロートは満面の笑みでアルバトロスの隣に座る。そして自身が大神官ルベルから聞いた内容を皆に話して聞かせた。


「けっ!けれど!アルジャーノン殿下に国王としての素質があるかどうかも問題です!その点、セス殿下はずっと政治学や外交戦略を学ばれておりました!」


苦し紛れであろうポルボ子爵の言葉に、シャールは苦笑する。


(そんなもの学んでるわけないでしょ。座学は全部僕がやらされてたんだから。それにしてもこの人も懲りないな)


ポルボ子爵と言えば先日、アルジャーノンのお披露目パーティに勝手にやって来て暴言を吐いた人物だ。

その事をシャールは今でもとても根に持っている。


「そのために婚約者であるシャールがいるのではないか?この国で一番高貴なオメガ姫が選んだ相手に不満を唱えるとは、貴殿はよほど御身が可愛くないと見える」


「そ、それは……」


ゴートロートにはかかっては、毒舌家で知られるポルボ子爵も敵わないようで、それっきり軽い口を閉ざしたので会議は順調に進んだ。


「アルジャーノンの首に掛かっているのが、アフロディーテ様が息子に託したネックレスだ。出身国の家紋も入っておる。そしてこれは……」


そう言いながらゴートロートは、一枚の紙をベラの目前に突きつける。

それは神殿の証明書で、亡き国王レオンドレスとアルジャーノンが紛れもなく親子だと書いてあった。


「……なんですって?神殿がそんなもの書く訳ないわ。そもそも陛下はもう亡くなってるのよ!まさか遺体から?!不敬よ!」


「安心しなさい。ベッドに残っていた髪の毛を使っただけだ。それで十分だった。……何か問題でも?」


「……いえ」


ベラは震える手を必死に押さえつけ、何でもない風を装った。


(大丈夫、まだ大丈夫よ。彼らが裏切る訳ない。神殿にいつもどれくらい寄付してると思ってるの)


「皇后陛下……確かに神殿の印が入っております」


「印?何ですって?!」


印を押せるのは大神官だけなのにとんでもない裏切りだ。


(あいつ……!私の前ではいい顔してたくせに!)


焦るベラを見て、ゴートロートは「全員が金で動くと思わん事だ」と笑いだした。


「さあ皆の者、すべての真実を見たはずだ。この国の未来を考え、どちらが国王に相応しいか、よく考えて選んでくれ」


勝利を手中に収めたと確信するアルジャーノン派の面々は、頬を紅潮させて、一方、セス派の者たちは言葉を失い、沈痛な面持ちで視線を床に落としている。


その中で、ただ黙って周囲を見つめていたセスが、ふいに口を開いた。


「私は確かに至らない皇太子だった」


その声は、場の空気をわずかに揺らした。


「己の欲にのみ動き、国を顧みていなかった。だが、シャールがそんな私を変えてくれたのだ」


(え?!僕が?)


突然の名指しにシャールは動揺してアルジャーノンを見上げた。


「シャールは皇太子の婚約者としていつも私を導いてくれた。……多少の行き違いがあり、側室の事でシャールを傷つけた事もある。そのせいでシャールは私を憎み、仕返しの為にアルジャーノンの婚約者となったことは分かっている」


「え?ちょ……」


(とんでもない誤解だ!今すぐ胸ぐらを掴みに……あ、歩けないんだった)


「殿下!そうではありません!シャール様と私は……」


「後で聞く。今は私に話をさせてくれ」


そう言われると何も言えない。アルジャーノンは渋々手を下ろし、代わりにシャールの手をぎゅっと握る。


「今も昔もシャールへの愛は変わらない。この国の皇后はシャールしかいない!」


訳のわからない演説だが、皆黙って聞いている。……セスは大部分無能だが、人の心を掴むことに関してとても秀でていた事をシャールはふと思い出した。


「殿下、仰っていることは殿下の主観です。私は……」


「シャール、何も言わなくていい。先日誘拐された時にバリアンの息子に心身共傷つけられたと聞いている。すぐに子供は望まない。もし子が産めなくなっていても構わないんだ」


「な……なんと?」


参加していた貴族が皆、驚愕の声を上げる。直接ではないが、シャールがデモンから性的な暴力を受けたと誤解するような話し方に、シャールは当時を思い出し、目の前が真っ暗になった。

そんな事はないと叫びたいが、喉が張り付いたように声が出せない。

自分の中にその時の記憶がない以上、それは本当かもしれないのだから。


「セス殿下!根拠のない言いがかりはやめていただこう!!」


アルジャーノンが限界だとばかりに立ち上がり、セスを睨む。だがセスはシャールに優しく微笑みかけて言葉を続けた。


「子が産めなくても悲観することはない。もうすぐ側室のルーカが私の子を産む。その子を共に育てよう」


(……ルーカの子を?僕が?)


不可抗力ではあるがオメガ姫の純潔が失われたと言われた事に、今まで味方だと思っていた幾つかの家門が戸惑う様子が見える。


「シャールを貶めるような言葉は許さない!」


アルジャーノンはセスに飛びかかろうと立ち上がるが、シャールはそれを抑えた。


「シャール様!」


「いいから、僕は大丈夫」


震えながらも気丈に振る舞うシャールの肩を、アルジャーノンがぎゅっと抱いた。

それを見て、セスが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「アルジャーノンが言うようにシャールが本当に無垢であるならヒートの時に分かるだろう。城に留まり、その時を待つがいい。私がそれを証明してやろう」


「なぜお前が!」


「お前のようにシャールに好意的な者が相手だと嘘をつく可能性があるだろう?シャールの潔白を証明したいなら私にシャールを預けるしかないだろう」


「……!!」


「さあ!皆、どちらが国王に相応しいか決める時だ」

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