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第115話 子供の誕生

セスの言葉に室内は困惑と混乱を極めた。

それぞれが、何が本当でどうしたらいいのか考えあぐねているが、この演説でセスが有利になったのは間違いない。


そんな膠着状態が続く中、強くドアを叩く者がいた。

会議中は誰も来ないはず……そう思いながらジュベルがドアを開けると、走って来たのか、一人の侍女が息を切らせて立っている。


「殿下のお子様が、たった今お生まれになりました!」


「なに?!男か女か?!」


「男のお子様です」


セスはジュベルを突き飛ばし、助産婦に向かって「すぐ連れてくるように」と告げた。


「皆様、この国の小さな太陽が誕生いたしました!この先、もしシャールが子を成せなくても問題ありません!」


わあっと室内が歓喜に湧く。


その声を遠くに聞きながらシャールは必死で次の手を考えていた。


「シャール様、絶対にセスのいいようにはさせませんから安心してください」


「アルジャーノン……」


セスとベラは皆の祝福を受け、勝利を確信している。

このままではセスが国王になってしまう。そうなったらアルジャーノンは処刑されてしまうだろう。


(どうしたらいい?!どうしたらアルジャーノンを、そして大切な人たちを救える?)


シャールは懸命に頭を働かせようとするが、まだ戻りきってない体調に思考を邪魔されて何も考えられない。


「それでは皆さん、ここで一旦休憩にしましょう。生まれたばかりの赤子を連れてくるには準備が必要ですからね」


セスはそう言うと侍従を呼び、軽食の準備をするよう指示をした。部屋のあちこちでは皆がヒソヒソと今後の事について話し合っているようで、重い沈黙や小競り合いが頻発している。


「シャール」


アルバトロスはシャールの背中を撫でて「大丈夫だ」と励ました。ゴートロートに至っては「影を出して殺してやる」と物騒な事を呟いている。


「父上、お祖父様、僕のせいですみません」


「なに、いざとなったらこの国を捨てて亡命すればいい」


「でも……」


アルバトロスがどれだけ領地の民を大切にしているか知っている。彼らを捨てて出て行けば、領民たちはベラやセスによって冷遇されるに違いない。


「シャール様、もしセスが国王になってもあなたには指一本触れさせません。剣であなたを守ります」


それは謀反を起こすという意味だろう。だが、アルジャーノンを騎士団の仲間たちと敵対させることは出来ない。いや、そんな事をさせたら自分が一生後悔する。


謀反には根回しが必要だ。だが、その時間がない。

セスは国王になればすぐにシャールを攫うように城に閉じ込めるだろう。……大切な人たちの命を盾にして。


「シャール、顔色が悪いな」


今一番聞きたくない声に全身が総毛立つ。シャールは黙ってアルジャーノンにしがみついた。


「……返事もなしか?冷たいな。拗ねないでこっちにおいで。シャールを皇后として迎えると約束する。子供さえ産まれればルーカはもう用無しだ。すぐに追い出すよ」


子を産んで間もない母親に向かってなんという事を言うのだろう。だがセスは、本当にやるに違いない。


「シャール、おいで。こっちで食事をしよう。お腹すいただろ?」


「……私は歩けないので遠慮させていただきます」


「大丈夫だ。抱き上げて連れて行こう」


セスが両手を広げて微笑む。その笑顔は化け物のように醜悪に見えた。


「……まあいい。食事が終わり、赤ん坊が来たら俺が国王になる。子供の顔を見たらシャールの気持ちも俺に傾くはずだから大人しく待ってろ」


そう言い捨てて立食のテーブルに向かって去っていく後ろ姿に、シャールは心の中でありったけの侮蔑の言葉を吐き、アルジャーノンの胸に身を委ねた。


「大丈夫だ」と何度も繰り返す家族の愛に触れ、シャールは彼らを守ることが出来ない悔しさに、思わず涙を溢れさせた。


(何とかしなければ。でもどうしたらいいの)



……それからしばらく後、助産師が布でぐるぐると巻いた赤子を連れて来た。


セスは恭しく受け取ると、ふにゃふにゃと泣くその子を抱いたまま部屋の中央に躍り出る。


それを見て、シャールはふと昔のことを思い出した。


(もし、以前感じた違和感が本物なら……)


今更考えても仕方ないことかもしれない。そしてそれが真実である証拠もない。


(でも……)



「それでは皆さん!私とシャールの子供をお披露目します!時期皇太子であるアルファの王子です!」


セスはしっかりと包まれた布を皆の前で開いてゆく。

……だが、その手がぴたりと止まった。


「なんだ……?おかしいこんなはずが」


「セス?どうしたの?赤ちゃんが落ちてしまうわ!」


ベラが慌てて駆け寄り、赤子を引き取ると、掛かっていた布がハラリと床に落ちた。


「……えっ?」


ベラの呟きと同時に、集まった貴族たちも一斉に息を呑む。


ベラの腕に抱かれていたその子は。



真っ赤な目に真っ赤な髪をしていた。




◇◇◆◆◇◇



「痛い!誰かなんとかして!」


昨夜から続く陣痛に、ルーカはもう息も絶え絶えだった。


「誰かセスを呼んでよ!」


「産屋に男性は入れません」


「僕だって男なんだからいいんだよ!」


普段は女性扱いを強要しているルーカだが、都合のいい時だけ男になるらしい。医師は呆れながらも出産の手伝いをこなしていた。


「いつ生まれるの?もう嫌だ」


「もうすぐですよ。皆同じ道を辿って子を産みます。ルーカ様だけが苦しいわけではないので頑張ってください」


(冷たい!こんなに頑張ってるのに!産み終わったら絶対に始末してやる!そしてもう二度と子供なんか産まない!)


国一番の産科医師に対して物騒な事を考えながらも、ルーカは必死で痛みに耐える。この子を産めば国母になれる。ただそれだけを夢見て。


「いきんでください!もっと強く!」


「んんんっ!!!!」


息が続く限りいきんでもなかなか子供は生まれてこない。


「もう少し!頭が見えて来ました!」


「んんん!!……あ……?」


あれだけ苦しかったのに突然全ての痛みが消えた。その直後、赤子の産声と共に、「産まれました!男の子です!」と叫ぶ声が聞こえる。


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