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第116話 誰の子?

「男の子で良かったぁ……はぁ……やっと終わった」


将来国王になる子を産むことができた。ルーカはぐったりとベッドに沈み込みながらも、喜びに頬を緩ませる。


「抱っこしてあげてください。可愛いですよ」


医師が生まれたばかりの子供を差し出すが、生まれたばかりで血まみれの赤ちゃんを可愛いとは思えない。

チラリと一瞥して「セスに見せておいて。後はよろしく」と、言い残し、不足していた睡眠を貪り始めた。




ルーカが眠り始めたのを確認して、メイドや看護師、侍女たちが静かに部屋を後にする。

使用人控え室に戻る間、恐ろしいほどに無言だった彼女達は、控え室のドアを閉めるなり、口々に小声で騒ぎ立てた。


「どういうこと?どうして赤髪に赤目なの?!」


「最初は血の色かと思ったけど……お湯を使っても確かに赤髪だったわね……」


「私なんて皇后陛下と殿下の元に連れて来いと言われて恐ろしくて震えたわ。だから産着を頭からぐるぐると巻いてからお渡ししたの。そして逃げるように戻って来たのよ!」


赤目は分かる。母親であるルーカが赤目なのだから子供が似ていても不思議ではない。けれど、赤髪はありえない。そもそもこの国でもとても珍しい髪色なのだ。


「……ルーカ様のお兄様……」


「そうね、バリアン男爵家のご兄弟はルーカ様以外赤髪だものね。その血統はあるのかも。それにしてもここで出る事があるかしら?」


「まったくないとは言えないけど、殿下に似た所が一つもないのはお可哀想ね」


「あの……」


その時、一番若い新人の侍女がおずおずと手を上げた。そして躊躇いながらも思い切って口を開く。


「……前回ルーカ様がお子を亡くされた後で、デモン様が毎日のようにルーカ様を見舞っておられたんですが……」


「ああ、確かに。気落ちされてるルーカ様を慰めに来ておられたのよね」


「……はい。それが昼間だけではなく……」


「……?どういうこと?」


「……人目を忍んで夜も度々……」


「何故?ご用があるなら夜でも侍女を通せば会えるはずでしょ。ご兄弟ですもの」


「……あの……」


侍女の手は微かに震えている。それを見て城勤めの看護師が、恐ろしい顔をして侍女の肩を掴んだ。


「それってもしかして、ルーカ様とデモン様がそういう仲って事じゃないわよね?!」


「……実際に現場を見たわけじゃないんです。でもデモン様が来られた翌朝は、いつもベッドのシーツや毛布が丸めて捨てられていて……。普段ご自分でそんな事されないのに。そのうちルーカ様の懐妊が分かりもしかしたらとずっと思ってました」


「なんてこと!!」


看護師は心の中で絶叫した。

隠していたことが分かれば責任を取らされるだろうが、もし本当にデモンの子なら逆に何故近くにいて気付かなかったのかと言われる筈だ。


「ルーカ様はよく騎士達とも遊んでましたし、それと同じに考えてました……」


「……それが事実ならどちらにしても私たちは全員処刑されるわ」


「……そんな……」


間も無く赤ん坊の赤毛を見た皇后陛下かセス殿下が、真相を究明するためにルーカの部屋に来るだろう。そしてルーカ付きの侍女やメイド、お産に携わった人間は使用人に至るまで集められ、処分が下される筈だ。


「どうしよう……私が死んだら家族はどうやって食べていくの……」


長年勤めていた侍女の一人が泣き出した。それにつられて皆が目に涙を浮かべる。他人事ではない。まさに今から自分の身に起こる事なのだ。


「逃げよう」


「えっ?!」


看護師は皆の顔をぐるりと見渡して言った。


「このまま裏口から皆で逃げよう。城から出てしまいさえすれば何とかなる。今日の門番はジョンよ。私と同郷で幼馴染だから見逃してくれるわ」


「あ、じゃあ部屋に戻って荷物を……」


「最低限のものだけよ。静かに気付かれないようにね。ルーカ様の部屋にはもう戻っちゃ駄目だからね」


「はい!」


看護師の言葉を合図に、五人はそれぞれ静かに自分の部屋に戻った。



◇◇◆◆◇◇


大騒ぎとなった貴族会だが、投票の結果は綺麗に半々になり、結局次期国王を決めることは出来なかった。 

仕方なく後日改める事になったが、セス派の一部がアルジャーノン側に幾らか寝返った事もあり、この流れを利用すれば次回はアルジャーノンに決まるのではないかというのがアルバトロスの見方だ。


「セスが国王に決まらなくて良かったね」


馬車から公爵邸へはアルジャーノンが手ずから抱き上げて運んでくれる。シャールはアルジャーノンの首に腕を回してその広い胸に抱かれながら、そう呟いた。


「そうですね、でも疲れたでしょう?ちゃんとご飯を食べて、暖かいお茶でも飲んで早く眠るようにしてください」


「うん、ありがとう」


シャールは、アルジャーノンの優しさに歯痒い思いで頷いた。

……アルジャーノンは素晴らしい人だ。いつか、正式に番になってもきっとこうして一生大事にしてくれるだろう。


……だからこそ思う。


誘拐されて、あんな風にあらぬ疑いを掛けられた自分は、アルジャーノンの隣にいていいのだろうか。ましてや歩けもしない、こんな自分が、彼に相応しいと言えるのだろうか……。



「お帰りなさいませ!」


公爵邸の前では、マロルーとアミルが二人の到着を待っていた。その隣にはシャールを迎えるための体格のいい使用人も控えている。

アルジャーノンは、それを見て、ぴくりと口元を歪ませると、下がれと目で合図してシャールを抱いたまま、エントランスに入った。


「アルジャーノン?ここまで送ってくれたんだからもういいよ?」


……どうしたんだろう。うちに何か用事があるのだろうか。

シャールは首を傾げたが、アルジャーノンは黙ってエントランスを抜け、シャールの部屋がある二階を目指す。


「……このままゴートロート様にご挨拶に伺ってもいいでしょうか」


「ええ、もちろん」


(そうか、お祖父様と話がしたかったのか)


ゴートロートの部屋に向かう僅かな時間でさえも、こうして一緒にいられるのは嬉しい。シャールはアルジャーノンの首に回す手に少し力を込めた。





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