「よく戻ったな、二人ともご苦労だった。アルバトロスはまだか?」
「はい、他の家門の方と話をしてから帰ると仰ってました」
「そうか、シャールを良く届けてくれたな、アルジャーノン。腹が減っているだろう二人で食事でもすると良い」
「ありがとうございます。……でもシャール様がお疲れのようです」
「そうだね、僕は何もいらないかな……」
「のんびりと部屋で食べればいいだろう。とにかく何か少しでも口にしてくれ。アルジャーノン、うちの姫様はほっとくとすぐ何も食べなくなるから頼むぞ。……アミル、シャールの部屋に二人分の軽食を頼む」
「はいすぐに!」
ゴートロートの指示に、アミルは踵を返して厨房に向かった。老公の心配を無碍には出来ない。アルジャーノンは苦笑してシャールを抱いたまま部屋へと向かった。
部屋について間も無く、運ばれて来た軽食は、消化によく、栄養価の高い料理が厳選されていて、量こそ少なめだが、料理人のレベルの高さが窺い知れる物だった。
「美味しそうだね。でもアルジャーノンには少し物足りないかも?」
「いえ、もう夜ですからこのくらいの方がいいと思います」
シャールを椅子に座らせてから、アルジャーノンも隣に座る。離れたと思っていた体温をまた感じられて、シャールは安心した。
「もう遅い時間だもんね。帰るのが遅くなっちゃってごめんね。それに重いのにここまで運んでくれてありがとう」
「いいえ、花束くらいの重さしかありません。それにこの時間をとても楽しみにしていますから、絶対に他の人間に任せたくありません」
「アルジャーノン……」
それは先ほどの使用人の事を言っているのだろうか。そういえば彼を見る目がキツかったような……。
「もしかするとアルジャーノンは意外とヤキモチ妬きなの?」
「……意外じゃありません。ずっとヤキモチ妬きです」
少し照れたようにぶっきらぼうになるアルジャーノンが、シャールにはとても可愛らしく見えた。
(かっこよくて可愛くて強い。おまけにこの国で一番国王に近い人……)
この人を側で支えたい。だが、自分がいる事で彼が不幸になるのなら離れるべきだ。……だが、そうするにはもうアルジャーノンを愛し過ぎていた。
「……ごめんね、アルジャーノン……」
「何がですか?」
「こんな体になって。それから……」
「それから?」
「こんな体になっても貴方と別れてあげられなくて……」
「……何ですって?」
アルジャーノンがじっとシャールを見る。だが、シャールは背けた顔を戻す事が出来なかった。
もしその目の中に同情や憐れみを見つけてしまったら……。そう思うと消えてなくなりたい気持ちに駆られる。
「シャール様」
アルジャーノンはシャールの細い肩を抱き寄せた。そして細く滑らかな顎を指で掬って、震える唇を塞ぐ。
「アル……!?」
ほんの一瞬。
掠め取るようなその口付けだったが、それはシャールを驚かせるのに十分だった。
「な……どうして」
真っ赤な顔で目を潤ませるシャールを、アルジャーノンはたまらないとでもいうように掻き抱いた。そして柔らかい髪に覆われた首筋に、また一つ小さなキスを落とす。
「結婚してください、シャール様」
「え?!ええ??」
なぜこのタイミングでいきなりこんな事をいうのか。シャールは混乱のあまり声も出ない。話次第では別れなくてはならないとまで思っていたのに。
けれどアルジャーノンの声はどこまでも本気だった。
「貴方を誰にも渡したくない。誰にも触れさせたくない。貴方は粗末に扱われて良い人じゃない。それが例え貴方自身にだとしても」
「アルジャーノン……」
「次のヒートが来たら貴方を抱きたい。良いですか?」
「───?!?!」
耳元で囁かれる、低く甘い声はシャールから全ての理性や思考を奪ってしまう。
アルジャーノンは、驚きにふにゃりと傾いだシャールの体を抱き止め、ベッドの上に寝かせた。
「シャール様、返事は?」
「……へ……返事?」
「正式に番になってくれますか?」
(……ずるい……そんなこと言われて僕が断れるわけがないじゃないか。だってこんなにも好きなんだもん!)
それでもまだ燻る、彼に対する申し訳なさがシャールに返事を戸惑わせる。
アルジャーノンは、そんなシャールを全身で抱きしめた。
「何故か分かりませんが、不安なんです。シャール様と離れる事になる気がして……」
「離れる?」
「はい、貴方を失う夢をよく見るんです。夢の中の自分は酷く無力で、いつも貴方を助けられないんです。夢だとは分かっていても、いつも自分の叫び声で目が覚めます。……あんな事……現実に起こってはならない」
「どんな夢なの?」
「私が貴方を守れる立場になくて、気付いた時には策略によって貴方は酷い目に遭わされているのです」
(それは前生の記憶なんじゃないのかな……)
「目の前の貴方の為に何も出来ず……いや、一つだけ出来ることがあった気がします。それを貴方に渡して……渡す?ああ、この辺りは覚えていないのです。シャール様はその後どうされたのか……例え夢でも貴方のあんな姿は見たくない」
苦悶の表情で夢を思い出すアルジャーノンを、シャールはぎゅっと抱き返した。
(前生でアルジャーノンは僕に毒薬をくれた。確かにそれは救いだったんだよ)
「アルジャーノン、大丈夫だよ。夢の中でもシャールはアルジャーノンに助けられたよ」
「シャール様……」
当時、シャールはアルジャーノンに特別な感情はなかった。彼にしても自分がアルファだと知らなかったのだから、番だと気付いてはいなかっただろう。
けれど、本能で自分に幾許かの気持ちを向けていてくれたのかもしれない。そんな相手に毒を贈るなんてどれほど辛かっただろう。
「ごめんなさい」
「……?どうして泣いているんですか?夢の話ですよ?」
「……分かってる。でも泣けちゃうんだから仕方ないでしょ」
「……すみません、嫌な話をしましたね」
「違うんだ。アルジャーノンの愛の深さに感動したんだ」
「……よく分かりませんが、愛の深さは自信があるので了解です」
「ふふっ、何それ。……僕も愛してるよ。結婚します。貴方の子供を産みたい」
「シャール様……」
アルジャーノンの無骨な指が、シャールの耳たぶから首筋を辿り、頸を這う。
(あ、喰べられる)
そう思った次の瞬間、噛み付くようなキスをされてシャールは驚きにびくりと体を震わせる。それでもアルジャーノンは容赦しない。全身で貪るようにシャールの唇を喰んだ。