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第118話 真実

(え?なに?どうして口の中を舐めるの?……背中がゾクゾクする……これは何?)


得体の知れない感覚が全身を走り、またゆるりと這い上がった。


(こんなの知らない。セスと夫婦だった時もこんなキスはされなかった)


未知の恐怖はあるが、それだけではない。彼の頭を掻き抱き、もっと唇を合わせたい。そんな衝動がシャールを襲う。

もっと もっと。

二人が一つに溶けるほどに。


「はぁ……アルジャー……ノン」


「シャール様……」


アルジャーノンは興奮からか目元を赤く染め、息を乱しながらシャールを強く抱きしめた。これ以上は許されないとわかっているからか、自分を落ち着かせるように強く握った拳を見て、シャールはその覚悟と優しさを知る。


「一日も早く結婚しないと先に子供できちゃうね」


「……俺は獣じゃないので耐えられます」


少し砕けた口調のアルジャーノンが、耐えられるとは思えない掠れた声で囁くものだから、シャールのお腹もずくりと反応を始める。


「それならもう離れなきゃ」


「……もう少しだけ……」


アルジャーノンが再び唇を合わせようとした時、ドアがノックされ、メイドがアルバトロスの帰宅を知らせた。


「……助けられたね」


「……まあ、そうですかね?」


言葉とは裏腹に、お互いをぎゅうと抱きしめたまま二人は笑う。


「ではアルバトロス様に結婚の報告をして来ます」


「こんな急だとお父様がびっくりするね」


「……アルバトロス様よりゴートロート公が一番の難関です」


「確かに……」


ゴートロートは過保護を通り越して、シャールを五歳児くらいの子供だと思っている節がある。結婚となると大変な騒ぎだろう。


「次のヒートは恐らく二ヶ月後くらいだと思いますので来月には式を挙げたいんですが、いいですか?」


「そんなに早く?」


シャールが目を丸くすると、アルジャーノンは恥ずかしそうに顔を伏せた。


「もう一秒たりとも離れていたくないんです。……呆れましたか?」


「ううん。僕も同じ気持ちだよ」


「……ありがとうございます」


伏せた瞳にきらりと光る物が見えたのは気のせいではないだろう。こんなにも愛してくれている人に酷い心配をかけてしまった。どんなに償っても償いきれないほどに。


「シャール様、少しでいいので何か召し上がってください。ソファまでお連れしていいですか?」


「うん、食べながら待ってるね」


せっかくの料理はすっかり覚めてしまったが、さっきより食欲も出て来たシャールは早速スプーンを手に取った。


「では、アルバトロス様と話をして来ます。少しだけお待ちください」


「……はい。あ、待って、一緒に話をした方が良くない?僕も行くよ」


シャールがいればアルバトロスもゴートロートも少しは怒りを抑えてくれるだろう。だが、アルジャーノンはそんなシャールの髪を撫でて額にキスをした。


「きっとお怒りになられます。叱られる自分なんて見せたくないのです。私のプライドのために少しだけ時間をください」


「何それ…分かった、待ってる」


「ありがとうございます」


笑いながら触れるだけのキスをしてアルジャーノンは部屋を出て行った。その途端になんとも言えない寂しさがシャールを包んでいく。


「同じ家にいるのにこんなに恋しいなんて」


シャールは、まだ熱を持った頬を、手のひらで冷やしながら目を閉じた。


(もう会いたい。早く戻って来て、アルジャーノン)


先月より今月、昨日より今日。一分一秒ごとにどんどん彼を好きになる。そんな気持ちを持て余しながら、シャールは少しずつ食事を始めた。



◇◇◆◆◇◇



アルジャーノンが階段を降りると、待機していた執事が彼をアルバトロスの執務室へ案内した。そこにはゴートロートの姿もあり、緊張した空気に包まれている。


「会合は如何でしたか?」


「そうだな、概ね良好だ。なんせ生まれた子供が赤毛に赤目だ。神官が言うには確かにアルファのようだが、あまりに王室の面影がないのでその資質を疑問視している者が多い」


「それにしてもこれほどバリアン家の血筋が子供に出るとは面白いものだな」


ゴートロートは感心したように言うが、そう簡単な問題でもない。

重い口を開くようにアルバトロスが話を始めた。


「赤毛の遺伝子は弱く、赤毛の親からでも滅多に生まれません。デモンとアーリーはバリアン男爵の赤毛を継ぎましたが……。それでふと、ダリアが昔言っていたことを思い出したんです」


「なんだ?」


「先日の話の通り、ダリアは全く育児に参加させて貰えませんでした。それは二人が大きくなってからも同じことで、二人はダリアの言うことを全く聞きません。それでも母親なので気になりますから二人の行動をよく見ていたらしいんですが」


「うむ、あの二人が悪さでもしとったのか」


「そうですね、闇ルートからオメガのヒートを誘発する薬を手に入れていたようなんです」


「なんだと?まさかそれでうちのシャールに何か……」


「あ、いえ。そうではなく、もしかすると彼らはルーカと……」


「えっ?!」


アルジャーノンとゴートロートが同時に声を上げた。

片方とはいえ血の繋がった兄弟だ。そんなことがあるのだろうか?


「憶測でしかないですが、あの赤ん坊がデモンかアーリーの子ならあの容姿も納得がいきます」


「それにしても昔ならともかく、皇室に嫁いでからそんな関係があったとなると断罪ものだ」


「そうですね、親子共々……だと思います」


「……必要なのは資質を問うことではなく、親子鑑定ということだな。教会に話を通しておこう。皇后に抱き込まれていない神官を探すのは骨が折れそうだから早めに手を打たないと」


ゴートロートは深いため息をついてソファに沈む。


「しかし肝心のデモンの行方が分からんと親子鑑定も出来ないではないか。何か手掛かりはあったか?」


ゴートロートの言葉にアルジャーノンとアルバトロスは顔を曇らせた。


デモンが姿を消してから半月。未だに足取りは掴めていない。一体どこへ行ってしまったのか、煙のように消えてしまったのだ。


「私も影を方々に放しているが、まるで行方が掴めない。まさかどこかで死んでいるのではあるまいな」


「……私も騎士団の力を借りて草の根分けて探しましたがどこにもいませんでした。死んでいると言う可能性もあるのですが、それより国外へ出たと考える方が自然ではないですか」


「国外……」


国境に面している国は三つだけだ。そのうちの二つは警備がかなり厳しく、身分証が無ければ通れない。この国の身分証はかなり厳格な基準で作っているので実質偽造も不可能だ。


そうなると……


「エイガーか」


「はい、エイガーとは王室同士の仲が悪く、全く交流がありません。そのせいで人の行き来も少ないですが、敢えて敵国に行く者もいないので港の警備は手薄です」


「なるほど……だがデモンのような赤髪はエイガーにはいない。このブライト王国に良い感情を持っていない国に行っても生活は難しいだろう」


「そこが狙いなのではないでしょうか。追跡される可能性が低くなります。行ってさえしまえば髪色は魔法でなんとかなるのでは」


「そうかエイガーは魔法が発達しているんだったな」


「私は今、シャール様のお側を離れるわけにはいきません。エイガーの事ならクランが詳しいはずです。彼に依頼しようと思います。よろしいですか」


「ああ、勿論だ」


「では早速……」


アルジャーノンは、礼をして部屋を出ようとドアノブを掴んでから、思い出したように振り返り、二人に何でもないことのように先ほどの件を伝えた。


「ところでシャール様にプロポーズをして快諾いただきました。次のヒートが来る前に結婚したいと思います。式は来月頃を考えていますのでどうぞよろしくお願いします」


アルバトロスが飲んでいた茶を盛大に吹き出し、ゴートロートはソファから床に滑り落ちてしまった。


「そんな大事なことをついでのように!!」


ゴートロートの怒鳴り声が部屋中に響き渡ったが、その時にはもうアルジャーノンはすっかり姿を消していた。


「あいつ!先に言ったら反対されると思って!……思ったより策士ではないか!」


「……まあ、遅かれ早かれこうなる事は決まっていましたから……叔父上、ここは我慢です」


「……むっそうではあるが、腑に落ちん。そうだ、アルジャーノンが国王になるまでは別居婚にしてシャールはここで暮らせばいい。どうせ皇室に行くのだ、侯爵家に嫁ぐ必要はないだろう」


「叔父上……」


(この方は分別があり、勇敢で能力も高い。それなのにシャールのこととなると、途端に子供のようなわがままを仰る)


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