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第119話 ルーカの過去

ゴートロートにとってシャールはそれほど特別な存在なのだろう。二人にはできるだけご老体に負担にならない範囲で譲歩してもらえるよう頼んでおこう。


アルバトロスはそう決めて、渋るゴートロードを祝杯に誘った。



◇◇◆◆◇◇



一方、その頃デモンは、アルジャーノンの予想通り、隣国エイガーに到着し、国境となる船着場に立っていた。深くマントを被り、人目を避けるように目当ての店を探す彼は、どこからどう見ても怪しいが、そんな事は気にしていられない。

デモンはある秘策を持ってこの国に来たのだ。



「誰かいるか」


デモンが入ったのは魔法石を扱う店だ。所狭しとカラフルなガラスの玉が並んでいる。


「いらっしゃいませ。何をお探しで?」


四十半ばの腹が出た店主の男はデモンを上から下までジロジロと眺め回す。


「髪の色を変えたい。それと宿屋を紹介してくれ」


「ふーん、いいですよ、合わせて十万ロウで」


「十万ロウ?!」


高すぎる!逃げる前に家に戻り、金庫から金をかき集めたが、そんなに物価が高いと半月も持たない。


「仕方ない。頼む」


「毎度あり」


とびきりの笑顔で、赤い球をデモンの手に握らせて使い方の説明をした男は、宿屋までの地図を書いてデモンを店から追い出した。


「何なんだ……やっぱりろくでもない国だな」


それでも今はここで過ごすしかない。何しろデモンはこの国の国王に会いに行かねばならないのだから。


「はあ……それにしてもシャールと離れてしまったのは失敗だった」


デモンはベッドに寝転び、薄汚い宿屋の天井を見ながら息を吐いた。


「国同士の仲が良くないとは知っていたがこれほどまでとは……」


エイガーの国民は男でも皆が一様に真っ白い肌に黒や茶の目をしている。デモンの浅黒い肌色や赤茶の目は嫌でも注目を浴びるのだ。


先ほどの魔法石屋もそうだが、今回の宿も足元を見られ、通常の三倍ほどの値段をふっかけられた。これは早々に目的を達しなければ飢えて死んでしまう。


「服が随分と汚れた。このままでは城に着いたとて門前払いだ。とりあえず残った金で身支度を整えよう」


男爵家とはいえデモンも貴族の端くれだ。きちんとした服を着ていれば話くらい聞いてくれるだろう。


「よし、早速行くか」


この計画が吉と出るか凶と出るかは分からない。だが、デモンにはもう後がないのだから。



◆◆◇◇◆◆



ルーカは夢を見ていた。

それも子供の頃の夢だ。


まだほんの幼い頃、母親から引き離されて父であるバリアン男爵の屋敷に移った。母は今思えば娼婦だったのだろう、お世辞にも清潔とはいえない環境で他の子供達と一緒にいたが、いつもお腹を空かせていた事を覚えている。


「ほら、あれがお前の兄さんたちだよ」


「にいさん?」


目の前にいたのはちょっと怖い顔をした二人の男の子。ルーカは自分が歓迎されていないことにすぐ気がついた。


「おにーさん!」


だから懐いた。誰よりも側にいて、ずっと笑って二人の言う事を聞いた。ルーカの最大の武器はその美しい顔。そしてオメガというその特殊な体だけだった。


「本当にルーカは可愛い」


そう言われてアーリーに体を触られたのは、シャールのいるミッドフォード公爵家に養子に入ってからだった。公爵家に居場所のなかったルーカは、度々バリアン家に帰って来ていたのだ。


「しばらく見ないうちに大きくなって更に綺麗になった」


それもそのはず、ミッドフォード公爵家に引き取られてからは、贅の限りを尽くして全身のケアをして貰っていたのだから。更には人気のドレスや高価な宝石など、バリアン男爵家ではお目にかかったこともないアクセサリーで自分を飾り立て、気位の高いオメガ姫となっていた。


……二番目の兄、アーリーは特にルーカの美しさに執着していて、事あるごとに膝に乗せられ、抱きしめられていた。


そんなある日、バリアン夫妻と長男のデモンが用事で郊外まで出かける事になり、二人で留守番をしていた時に、アーリーにヒート誘発剤を飲まされ、初めて体を繋いだのだ。


ルーカ自身、少しの痛みを感じただけで、特に気持ちよくも何ともなかったが、それ以降、アーリーとの立場が逆転し、ルーカはアーリーのお姫様になった。


(なーんだ。こんな事をするだけで何でもいう事を聞いてくれるんだ)


それまでは必死に相手の機嫌を取り、可愛がられるよう媚を売っていた。けれどほんの一時間ばかり自分の体を好きにさせてやるだけで簡単に相手は自分を大切にするようになるのだ。

ルーカは今までの自分が馬鹿馬鹿しくなった。


それからは気まぐれに誰とでも寝た。そうすればみんな自分にいいように計らってくれる。娼館にいた踊り子の腹から生まれた自分に、高貴な貴族が傅くのだ。


けれど……



一度だって心が満たされた事はなかった。





「……あれ?」



目が覚めると真っ暗な部屋にいた。さっきまで見ていた子供の頃の夢がリアルで、自分がどこにいるのかも分からなくなる。


「誰か……」


少し目が慣れてくると、見慣れた部屋が目に入る。そうだ、自分はセスの赤ん坊を産んだばかりで疲れて眠ってしまったんだった。


「……誰かいる?ゲホッ……」


喉が異様に渇く。ガサガサとした声しか出ないのは、出産の時に大声で喚きすぎたからだろうか。

体には力が入らず、起きることも出来ない。それなのにどうして部屋には誰もいないのか。


「うう……お腹ズキズキして痛い……誰か水を……」


最近は侍女たちも、親身に面倒を見てくれていたのに、何故誰もいないのだろう。ルーカはたった一人で身動きも取れず、なす術もなく横たわるばかりだ。


「何だよ……生まれたらもう用無しってこと?はぁ……あんなに痛い思いしたのに。……それより赤ちゃんはどこ?」


とにかく休みたくて、顔も見ないまま眠ってしまった。チラリと見た時は血塗れだったけど綺麗にしてもらっただろうか。


「そっか。皇后とセスのところにいるんだね。これで僕もようやくこの国の新しい皇后になれるんだ。しかも男の子だもんね。次の国王だよ」


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