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第120話 投獄されるルーカ

ルーカはその疲れ果てた顔に満面の笑みを湛える。これでやっとシャールに勝ったのだ。


「僕がこの国で一番高貴なオメガ姫だ。もう二度と誰にも縁起の悪い赤目の出来損ないなんて言わせないんだから」


ルーカはそろそろと体を起こす。そしてどうにか四つん這いでベッドの端まで辿り着き、足を下ろした。


「もう少し……いたたた」


足の感覚が無いので立ち上がるのは無理そうだ。でも喉が渇いてたまらないルーカは、どうにか声を振り絞って人を呼ぶ。


「だれか───!!あっ?!」


声を張り上げた瞬間、乱暴にドア開いてそこにはセスが立っていた。逆光でよく見えないが、ただ黙ってこちらを見ている。


「セス!赤ちゃん見た?男の子だったよね?僕、頑張ったよ!」


両手を差し出して抱きしめて欲しいと訴えるが、その影は動かない。


「セス?もしかして感動し過ぎちゃった?自分の子供は可愛いもんね。僕も見たいから連れて来て」


「……ない」


「ん?」


「可愛くなんて無い!あれは俺の子じゃ無い!」


「え?何言ってるの?僕とセスの子だよ?」


「うるさい!」


セスは突然ルーカを怒鳴りつけたかと思うと、ベッドまで大股で近づき、思い切りルーカの頬を張った。


バシッ!!と渇いた音が部屋中に響き渡り、ルーカは驚きのあまり頬を押さえてセスを見上げる。


「赤目に赤毛だ!父親に心当たりがあるだろう?!」


「え?何言ってんの……?」


ルーカの背中に緊張の汗が流れた。


(赤目に赤毛?そんな……デモンの子?でもその前にセスとした時に出来た子供だと思ってたんだけど……違うってこと?)


「お前は実の兄とも関係を持っていたのか?穢らわしい!さっさと城から出て行け!!ほら早く!!」


乱暴に腕を掴まれ、ルーカは悲鳴を上げる。まだ体は微塵も回復していない。歩くことさえ出来ない状態なのだ。


「やめて!セス!違うよ!たまたまバリアン家の遺伝子が強かっただけで僕は浮気なんかしてないよ!信じて!」


「うるさい!そんなわけないだろう!」


「痛いっ!!助けて!セス!」


華奢な体は文字通り引きずられるように部屋から出され、廊下に投げ捨てられた。衝撃で開いた傷から滴る血がじんわりと、床の絨毯に広がっていく。


「助けて!誰か……」


力の限り叫ぶが、侍女たちは誰も来ない。セスが皆を遠ざけのかもしれないと思い、ルーカはセスに喰ってかかった。


「違うって言ってるのにどうして信用しないの?!侍女たちはどこ?!皇太子の母親に向かってこんな仕打ちありえない!」


「まだそんな嘘を重ねるのか。本当にお前は!」


セスの腕が振り上げられた。だがそれが振り降ろされる前に、離れた場所から女性の声がした。


「おやめなさい!セス!!」


「あっ!皇后陛下!助けてください!謂れのない罪でセス殿下から暴力を受けています!」


皇后の腕には布で包まれた赤ん坊がいる。

皇后にとっても大事な孫のはず、ルーカは必死でベラに助けを求めた。


「とりあえず落ち着きなさいセス。今、ルーカを追い出したりしたらやはり生まれた子は不義の子だと周りは思うでしょう。それは困るのよ。例えそれが本当だとしても!」


「……陛下?」


「ルーカ、とんでもない事をしてくれたわね。この子がセスの子なら今日、セスは王位を継承出来たのに!……それでも仕方ないわ。この子が誰の子でも、皇太子には違いないの。誰に何と言われてもセスの子供で通すのよ!」


「……ふざけるな!そんなにデモンにそっくりな顔してる子供を俺の子だって?笑わせるな!!」


ルーカはゆっくりと目の前で仁王立ちになっているセスを見上げる。その目は狂気に揺れながらルーカを見下ろしていた。


「ち……違うんだよ。何かの間違い。この子は絶対にセスの子だから信じてお願い!」


ガタガタと震えながら、ルーカはセスのブーツにすがりつく。だが、セスは冷たい目で黙ってそれを見ているだけだ。


「おい、こいつを地下の牢屋にぶち込んでおけ」


「えっ!そんな!子供が生まれたばかりで、まだ傷も治ってないのに」


けれど、セスに指示をされた騎士たちは、無情にもルーカを乱暴に引き立てて、地下牢に引きずっていく。豪華に飾り立てられた城の中に似つかわしくない哀れな悲鳴が、いつまでもこだましていた。


◇ ◇◆◆ ◇ ◇


「うん、これでいい」


「それではお代三十万ロウお願いします」


「…わかった。ほら、これで足りるか」


「ありがとうございます」


下卑た笑いを顔に貼り付ける服屋の男に、デモンは憎しみの一瞥をくれた。


(何をしても高いと思ったら、やはり俺が他国の人間だからわざとぼったくってるんだな)


だが、仕方がない。とりあえず国王にさえ会えば金はもらえる。しかもシャールが自分の元に戻ってくるかもしれないのだ。それはまさに金には換えられない。今はとにかく城へ行こう。

新しい服と黒く染めた髪を手に入れたデモンは、服屋を出て目的地に向かうための馬車を探した。


城下町はたくさんの店で賑わっている。デモンは街の様子を見回しながら歩く。


(ブライト王国より賑わっているな。扱う商品も見たことがないものが多い。それに歩いてる奴らもみんな身なりがよくて国自体が豊かに見える。……こんな街でシャールと二人で暮らせたら)


そのためにもデモンにはやるべきことがある。ようやく乗せてくれそうな馬車が見つかったデモンは、多めの賃金を御者に渡して急ぎ足で乗り込んだ。





「なんだ……ここは凄いな」


デモンが馬車から降りると、そこには見たことも無いくらいの大きさを誇る城が聳え立っていた。しかも門が大きく開け放たれていて、美しく花が咲いている庭園は誰でも入れるようになっている。


「暗殺者も入り放題じゃ無いか?まあ俺には関係ないし、門前払いをされずに済んだから王に会う可能性も広がったわけだが」


デモンは奥に向かって黙々と歩き続けた。


「いや待て。どれだけ広いんだ。どこまでいっても庭じゃないか」


二十分ほど歩いたところでさすがに疲れたデモンは、近くにあるベンチに座った。入り口の辺りよりずいぶんと人は少なくなったが、その分、庭の手入れをしている庭師の数が増えている。所々で苗を植えたり、花に水をやったり忙しそうだ。


「あー喉が渇いた……」


一人でそう呟いて天を仰いでいると、一人の男がコップに水を入れて差し出してくれた。


「……すまないな。助かる」


普段なら「花の水じゃないだろうな」と悪態の一つもつくが、慣れない他国で冷たくされ続けていたのでその優しさを嬉しく感じた。


「この国の人じゃないね、旅行かい?」


水をくれた若い男が話しかけて来た。他国の人間だと分かっているのに、こうして話しかけられるのはここに来て初めてだったので、デモンも気を許して言葉を返した。


「ああ、ブライト国から来た」


「へぇ、珍しいな」


エイガーの国民らしく庭師なのに真っ白な肌に茶色い髪の男は、人懐っこそうにデモンの隣に座った。


「ところで何しに来たんだ?」


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