目次
ブックマーク
応援する
19
コメント
シェア
通報

第133話 失われるもの

「なにが?」


「門の前が騒がしいのです」


「ん?」


エイベルが耳を澄ますと、それは怒声のようで、人々の怒りと絶望が混ざった叫びが聞こえて来た。


「……何事だ?」


「分かりませんが、かなりの人数が門の前に集結しているようです!」


「門を開けろ!我らは訴えに来たのだ!王族の横暴にはもう我慢できない!我々に飢えて死ねというのか!」


はっきりとその声が聞こえたエイベルは即座に城の見張り台に向かって走った。

だが、そこから見た光景はありえないものだった。

夜更けの薄暗い石畳を埋め尽くすように、民が押し寄せている。老若男女、貧しき者が皆、手に農具や松明を握りしめていた。


城門の前に立ちはだかるのは、王国騎士団数名。その数では到底太刀打ち出来ない。その証拠に騎士たちは、銀の鎧が薄曇るほどに疲弊していた。


「下がれ!市民を傷つけるな!武器を奪って拘束しろ!」


見張り台から精一杯の声でエイベルが叫ぶ。だが、見張の騎士には聞こえない。


「これは謀反だ!退け、さもなくば――!」


「やめろ!!!」


次の瞬間、騎士が先頭にいた男に向かって槍を突き出した。男は血飛沫を上げて倒れ伏す。


「あ……」


(まずい!このままじゃ……!)


エイベルの不安が的中した。

一瞬、水を打ったように静まり返った群衆が、次の瞬間、雄叫びを上げて物凄い勢いで門を破壊し始めたのだ。


(恐らくあの男が主導者だったのだ!もう彼らは止まらない)


エイベルは見張り台を飛ぶように駆け下り、城門へ向かってひたすら走った。


「俺たちの仲間になんて酷いことを!!」

「お前らはいつもそうだ!」

「子が飢えて死んだ!」

「税ばかり取りやがって!」


様々な叫びが、波のように広がり、騎士たちが一瞬たじろいだ。


石が飛ぶ。鍋の蓋が叩きつけられ、騎士の鎧目掛けて棍棒が振り下ろされた。

騎士たちが押し倒され、混乱の中で誰かが叫んだ。


「……門が壊れたぞ!」


その言葉とともに、錆びた門の蝶番が弾け飛び、民の波が内へと流れ込んだ。


火が上がったのは、それからすぐのことだった。


誰の手かは分からない。

だが、空腹と怒りと寒さを抱えた手が、ついに城の木戸に火を放ったのだ。


パチパチと音を立て、古い梁に炎が燃え移る。

高い天井の奥で、絨毯が黒く焦げ、飾られたタペストリーが一枚、また一枚と崩れ落ちた。

火はどんどん大きくなっていくが、騎士たちは目の前の相手からの攻撃を防ぐばかりで、火を消す者は誰もいない。


怒りが更なる炎となり、長い冬の飢えが、赤い舌となって天を舐めていく。

風が吹き抜け、火の粉を塔へと巻き上げる。

城の象徴だった高窓のステンドグラスが、ぱりんと砕けた。


それは、誰もが理解する音だった。

……一つの時代が、終わった音。


それをエイベルはなす術もなく、唖然と見ていた。




「皇后陛下!失礼いたします!」


侍女が大声を上げながら、ベラの寝室に飛び込んできた。当然、不機嫌になったベラは「出て行きなさい!」と叫ぶが、侍女の尋常ではない表情に口を噤む。


「……何かあったの?」


「陛下!謀反です!市民が城の中に雪崩れ込んできました!」


「何ですって?!騎士たちは何をしているの!」


「武器を持った市民に対抗していますが、数が多く、押されています」


「えっ?!」


「城に火を放たれました!ここもすぐ焼け落ちます!早く逃げてください!」


「そんな……」


火事なんてとんでもない。壁の修復さえろくに出来ないのに!


「騎士や兵士にすぐ火を消すように伝えて!」


「それどころではありません!動ける者もあまりおりませんからすぐお逃げになってください!」


「嫌よ!」


この城は自分の成し遂げて来た事の証だ。失うなんて考えられない!


「……ははうえ」


「え?セスなの?どこ?」


薄暗い部屋の中で、ベラはキョロキョロと辺りを見回す。確かに帰りを心待ちにしていた、大事な一人息子の声が、聞こえたはずなのに。


「セス!」


「……ここです」


目を凝らしてみると、ドアの近くにうずくまっている人影が見える。ベラは駆け寄って、その姿を確認した。


「……セス、あなた怪我してるの?」


「ああ、平民どもに暴力を振るわれた。……賭け金が足りないと抜かすから、見せしめに賭場の主人を斬り殺してやったら、逆上して城まで追いかけて来やがった。……それがいつの間にかあんな数に……。あいつら不敬罪で全員処刑してやる……」


なんと、あの暴動の発端は皇太子だったのか。ベラはガックリと肩を落として項垂れた。


「さあ!陛下に殿下!抜け道からお逃げください!ここにもすぐ人が来ます!」


「……そうね、分かったわ。すぐ準備する」


「陛下!そんな時間はありません!」


そうは言われても、逃げた先で不自由な暮らしはしたくない。ベラは侍女に布袋を用意させ、そこにありったけの宝石類を入れるよう指示をした。


「これでいいわ!いくわよ!」


満身創痍のセスを連れて、ベラが部屋の奥にある隠し通路に足を踏み入れたその時……


「待って」


聞き慣れた声。

けれど最近はとんと耳にしなかったその声は……


「どこへ行くの?リエルはどこ?」


二人をじっと見つめる、ルーカのものだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?