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第134話 共に

「あなた……地下牢にいたはずでしょ。何故こんなところにいるの……」


ルーカの落ち着きを払った姿に恐怖を覚えたベラは、ルーカを刺激しないように優しく問うた。


「地下牢まで火の手が伸びて来たから見張りの兵士が逃がしてくれたんだ。……ねえ、リエルはどこ?まさか置いて逃げようとした訳じゃないよね?」


「……もちろんよ。隣の子供部屋で寝ているわ。……ほらすぐ連れて来て!」


指示された侍女は慌てて隣の部屋から赤ん坊を連れて来た。


「……リエル?これが僕の赤ちゃん?」


ルーカは初めてきちんと自分の子供を見た。その子は痩せて顔色が悪く、ルーカが抱き上げても何の反応もしない。


「……どうしたの?リエルは病気なの?」


子供に対して何の感情も持っていなかったルーカだが、その子の顔を見て、自然と涙が溢れてきた。

別に可愛いとも思わないし、

この涙がなんなのかも分からない。

ただ、そうしたくなったから、ルーカは泣きながらその子の痩せた頬にキスをした。


「そ、そうなのよ!生まれつき体が弱くてね。手を尽くして治療してるけどあまり効果がないの。大事に育ててるんだけど……」


そうは言いながらも、実際ベラがリエルを大事にしていたのは最初だけで、アルジャーノンが隣国へ行ってからは、もう用はないとばかりに乳母にすべて丸投げしていたのだ。

その乳母さえも、財政難で数日前に任を解かれ、泣く泣く城を去った。

……それ以降、赤ん坊は世話一つされずにほったらかしで、徐々に体を弱らせていた。


「陛下!もう時間がありません!早く逃げましょう!」


侍女の声にハッと我に返ったベラは、セスを促して通路に向かう。その後をリエルを抱いたルーカが続き、最後は侍女が中からドアを閉めた。


暗い通路を赤ん坊を含めた五人が黙々と歩いている。今後どうなるのかもまるで分からない状況で、葬式のように無言で歩くことに耐えきれなくなったのか、セスがルーカに声を掛けた。


「ずっとどうしてたんだ?」


「……どうしてたって……。自分が地下牢に閉じ込めたんでしょ。そこで大人しくしてたよ」


「あ、ああそうだったか」


呆れた。

そこまで自分に興味が無いなんて。それならいっそ城から追い出してくれたら良かったのに、とルーカは思う。


隣をよろよろと歩くセスは、以前の輝きも男らしい威厳もない。薬と酒のせいか、ガリガリに痩せて、年よりずっと老けていた。


「セスはどうなの。まだシャールが好きなの」


「……ああ、だがこの国はアルジャーノンにくれてやろうと思っている。あいつはソードマスターだし、乱暴なこの国にお似合いだろ?」


「そうかもね」


「そして俺がシャールと共にエイガーの王になるんだ。あの国は豊かで気候もいい。騎士たちも強いから謀反があってもこんな風に逃げ回らなくて済む。……実はもう話は出来ているんだ。ここを出たらエイガーに行く」


「……」


アルジャーノンがこの国の王になったとてセスが隣国に迎え入れられる訳がない。

セスはもう現実と妄想の区別さえついていない。ルーカはそんなくだらないお喋りに付き合うのが嫌になり、その後は何を話しかけられても黙り込んだまま、一時間ほどかけて、出口まで辿り着いた。


「え?森?」


茂みの中に巧妙に隠された扉から出ると、そこは深い深い森の中だった。日も射さないので、植物も鬱蒼と生い茂り、前を行く人の姿も見失いそうだ。


「赤ん坊を連れて歩くのは危険だから、ルーカはここで待ってなさい。すぐ馬車を手配して迎えを寄越すわ」


「わかった」


この中で、リエルが一番弱いのだ。大事にしないといけない。ルーカはこくんと頷く。


「じゃあ行きましょう」


ベラはセスと侍女を連れて木々をかき分けて消えていった。




「リエル大丈夫?生きてる?」


腕の中の赤ん坊は、たまに指を僅かに動かすくらいで一切泣かないし目も開けない。


「いい子だね。誰かに見つかったら捕まえられちゃうもんね。お腹空いてない?木の実を探して来ようか?」


だが、果たしてこの小さい口に木の実が入るのか?ルーカがそう考えているうちに、リエルはまた眠ってしまったのか、動かなくなった。


「お乳が出たら良かったんだけど……もう出ないんだよね」


産んですぐはわずかに膨らみ張っていた乳房も、今では子供を産んだことなど忘れたかのように元通りになってしまった。

それでも吸われたら少しくらい出るかもしれない。

ルーカは服をはだけて赤子の口元に乳首を寄せた。


「ほら、吸ってごらん」


ルーカがそう言うと、今まで何の反応もなかったリエルがうっすらと目を開けた。


「ほら吸ってみて」


リエルはゆっくりと瞬きをして、懸命に口をもぐもぐと動かす。そして微笑むように口角を上げた。


「ふふっ何してるの。届いてないのに飲んだ気になったの?へんなの。赤ん坊って面白いな……あ、寝ちゃった?幸せそうな顔しちゃって」


それきりまた目を閉じてしまったリエルを見てルーカは不思議な気持ちになった。

けれど、とりあえずこの子が大きくなるまでは自分がちゃんと面倒を見ようと思った。


「お前を見てたら僕も眠くなっちゃった。お迎えが来るまで一緒に寝てようね」


ルーカはリエルを抱いたまま、大きな木にもたれかかった。


「エイベルどうしてるかな」


こうなると、余計に彼と結婚しないで本当に良かったと思う。自分がいたらエイベルにまで被害が及ぶところだったのだ。


──けれどもし、初めて会った時に彼を好きになって結婚していたなら。きっと自分もリエルも毎日笑っていただろう、そんな気がした。


「ふふっバカみたい。あの頃の僕が下級貴族の騎士と結婚なんかするわけないのに」


頬に流れる温かいものが涙だと気付いたのはしばらく経ってからだった。その理由も思い当たらないまま、ルーカは静かに泣き続ける。

森の木々が風に揺れて子守唄のように聞こえた。その旋律に身を任せるようにいつの間にかルーカもリエルと共に眠りに落ちていた。




ルーカが目覚めた時、すでに陽は落ちて辺りは真っ暗だった。


「あれ?なんで……?まさか……」


そしてようやくルーカは気がついたのだ。


__自分たちは捨てられたのだと。



……腕の中の赤ん坊はもうとっくに息をしていなかった。

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