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第136話 新しい国

しかもアルジャーノンの魔法はとても強力だ。もっと上手く扱えるようになればシャールの足が治ったあとも、何かにつけて役に立つに違いない。


「いや、何でもやってみるもんだね。魔法の扱いに慣れるまでは魔法具を補助として使えばいいんだって」


「…………」


「……アルジャーノン?」


「あ、すみません。ぼんやりしてて」


……アルジャーノンが魔法を使えるようになったのは有難いのだが、シャールには一つ心配事があった。魔法の訓練を始めてから、アルジャーノンは何やら考え込む事が多くなったのだ。

理由を聞いても何もないと笑うばかりで、それがシャールの胸にずっと引っかかっていた。


「……今夜は皆で一緒に食事でもしよう」


「そうですね……」


そう言いながらアルジャーノンは、またしてもシャールに曖昧な笑顔を見せた。



「それでいつ帰るのだ?」


エイガーの王、アリオスが果実酒を嗜みながらシャールに問う。


「船の行き来も再開した事ですし、なるべく早く様子を見に行きたいと思ってます」


「心配は分かる。だがまだ皇后と皇太子は捕まってないのだろう?危ないのではないか?」


「もう彼らに何かが出来るとは思えません。味方もいませんし」


「そうか……」


アリオスは、手にしていたグラスをテーブルに置いて、アルジャーノンとシャールに向き合った。


「実は一つ話しておきたい事がある。私の体のことだ」


「体?」


「ああ、黙っていたが生まれつき魔法でも治せない特殊な病に罹っていて、それが最近悪化した。公務をこなすのが難しくなったが、トゥランはこの通り、跡を継がないと頑なでな。そんなわけで、改めてアルジャーノンに王位を譲りたいのだ、もう一度考えてくれないか」


「……すみませんお二人とも、僕が不甲斐ないばっかりに」


トゥランが他人事のような謝罪をするのを、アリオスはため息をついて眺める。


「な?この通り、こんな立場にも関わらず植物の研究に人生を捧げたいと抜かしておる」


「わあ、それは素敵な夢ですね。……皇太子でなければ」


シャールの言葉を、アリオスは苦々しい笑みで返した。


「その通りだ。今のままならアルジャーノンはブライト王国の王になるだろう?だが、もう一度、考え直して欲しい」


「アリオス陛下、それについては私からお話をさせていただいてよろしいですか?」


「勿論だシャール殿。一考いただけるか?」


「先日二人で話し合いました。今後、ブライト国は共和国にしたいと思ってます」


「王政を廃すと?」


「はい、市民の中から代表者を決めて政治を行います。ただ、貴族制度がありますので解体が難しい場合は、立憲君主で様子を見ても良いですし、それは戻ってから皆の意見を聞くことになると思います」


「なるほど……。市民が立ち上がって王族を追い詰めた今なら、移行はスムーズだろう」


「それで、ご相談です」


「なんだね?」


「アルジャーノンがエイガーで王位を継いだあと、ブライト共和国、もしくはブライト立憲君主国を従属国として支配する……というのは如何でしょうか。ただし、ブライト国の自由は保障していただきます」


「……なるほど」


「二国間の行き来が簡単になれば、より発展しやすくなります。エイガーの魔法や魔道具、ブライトの食料や布織物を互いに輸入や輸出するのです」


「それは良い考えだ」


アリオスはシャールの賢さに舌を巻いた。この話が上手くいけばアルジャーノンに王位を継いでもらう事が出来る上に、二人はブライト国とも繋がる事ができる。しかもそれは民のためにもなると言う。


「お許しいただけますか?」


「勿論だ。願ってもない。……トゥラン、お前の好きなブライトの植物を、思う存分研究できるぞ」


「そうですね!」


「クランも、商会が今よりずっと大きくなるチャンスではないか?」


黙って食事をしていたクランの肩がぴくりと跳ねた。

先ほどからの話を、胸を躍らせて聞いていたが、一平民である自分が口を挟んで良いのか、それよりこんな話を聞いてしまって良いのだろうかと恐れ慄いていたのだ。


「クランには商会以外にもやって欲しいことがあるんだ」


「え……何ですか」


シャールの笑顔に、嫌な予感しかしないクランだが、聞いておかないといきなり何かを任される可能性もあるため、きちんと尋ねておく。……それがシャールと付き合うための秘訣?いや、覚悟とでも言おうか……。


「クランにはブライト国の代表者になって欲しい」


「ゴフッ!!」


「あーあ、ワイン吹き出しちゃダメだよ」


(「仕方のない子……」みたいな顔で、テーブルを拭くのやめて欲しい。これもすべてシャール様のせいですから!)


「それは適任だ」


「俺もそう思う」


「陛下にトゥラン殿下まで!私なんかにそんな重責負わせないでください」


「まあ、この話は追々ゆーーーっくりと」


シャールが含みを持たせた言い方をするものだから、余計にクランは震え上がった。


「まあ、いきなり指名されるよりは良いんじゃない?気持ちの整理が付けられる」


「トゥラン殿下、結局やらされるなら同じなんですよ」


「あはは、確かにな」


和やかに会食は進む。だが、シャールは、皆に合わせて笑っているだけのアルジャーノンが気になった。


「じゃあそろそろお開きにしようか。船は手配するから支度が整ったら言ってくれ」


トゥランも手をひらひらさせて部屋に戻って行った。シャールはそんな皆を見送ってから、アルジャーノンの腕を取り庭に誘った。


「ねえ、アルジャーノン」


「はい?」


「今夜は年に一度のホワイトムーンなんだって」


「ホワイトムーン?」


シャールが半分雲に隠れている月を指差す。


「オメガは昔、聖なる存在と言われていて守神は月の女神なんだ」


「……そうなんですね。シャール様にぴったりだ」


「ふふっ、だから女神の怒りに触れるような悪い事をすると、オメガじゃなくなるんだって」


「オメガじゃなくなる?」


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