「そうだね、子供が産めなくなったり髪の色が変わったり。ああ、オメガの印も消えるみたい。まあ伝説だけど」
「……知らなかったです」
「……僕もそのうちオメガじゃなくなるかも」
「どうしてですか?」
アルジャーノンの驚いた顔に、シャールは思わず笑ってしまった。
「……人に優しく出来なかった。それにわざと誰かを陥れるような事もしたよ」
「……それはシャール様のせいではありません」
知らないくせに……と、シャールは思う。やり直しの人生で、自分が助かるためにセスやルーカが落ちてゆく様を黙って見ていた。いらそれどころか自分が幸せになるために彼らを突き落としたんだから。
黙り込むシャールを前にアルジャーノンは静かに口を開いた。
「……今、私は魔法と一緒に、薬の調合を習ってるんです」
「どうしたの?急に。でもそれはいつか役に立ちそうだね」
「……はい。その中で、見覚えのある薬を見かけました」
「見覚えのある薬?」
「……最後に牢の中にいた貴方に差し上げた毒です。シャール皇后陛下」
シャールはゆっくりとアルジャーノンを見上げた。その瞳は今まで見た事もない色を湛えて揺れている。
「どうしてそれを……まさか、前生を……思い出したの?」
「……はい。全てを思い出しました」
「そんな……」
……つらかっただろう。両腕を落とされて殺されたなんて。出来ればそんな記憶は取り戻して欲しくなかった。
「……いつ思い出したの?」
「ほんの数日前です」
……自分のせいだ。気軽に魔法を習えなんて言ったから。そのせいでアルジャーノンは思い出さなくていいつらい記憶を思い出してしまったのだ。
「……ごめんなさい……アルジャーノン」
「謝らないでください。思い出せて良かったんです。どうしてこれほどまでに貴方が愛しいのか……ようやく分かりました。昔の自分と今の自分、二回分の思いが重なっていたからなんだと」
「二回分?」
「はい、前生からお慕いしてました」
「アルジャーノン……本当に?」
なんてことだ。当時、自分はまったくその思いに気付いていなかった。ただ、必死に皇后としての勤めを果たし、その裏でセスやルーカに虐げられ一人殻に閉じこもっていた。
「……ごめんね。僕は何も周りが見えていなかった」
「いいえ、気付かれないように必死でしたから。好きというより憧れでした。そんな方がいま、自分の隣にいてくれる。それだけで天にも昇る気持ちなんです。……でも、だからこそ……」
そう言うとアルジャーノンはまた顔を曇らせ黙り込んでしまった。
「アルジャーノン。あなたの考えていることを全部話して?」
「……俺があなたに何をしたのか……。それを聞いても側にいてくれますか」
「もちろん。アルジャーノンがしたことなら全部許すよ」
シャールの言葉に嘘はないと感じたアルジャーノンは重い口を開く。
「……あの日シャール様に渡したあの薬は、俺が成人した日にジュベル侯爵から渡されました。大神官様が祝いだとくれたそうです」
「大神官様が?」
「ええ、当時は何に使うかも分からない得体の知れない液体だなと思っていました。大神官様が、『本当に必要になった時にこの薬が何なのかを知るだろう、だからそれまで決して蓋を開けてはいけない』と両親に強く言ったそうです」
「……それが毒だっていつ知ったの?」
「……シャール様が牢に閉じ込められたと聞いた時です。ふと、飾ってあった瓶に目が止まり、その中身について理解したのです。あれはただの毒ではありませんでした」
「……ただの毒じゃない?」
(どう言うことだろう。確かにあれを飲んで僕は死んだはず)
アルジャーノンは黙ってシャールを見つめ、思い切ったように口を開いた。
「あの薬は死んだ後に過去に戻れる薬です」
「……!!」
だからなのか!僕が過去に戻りやり直すことが出来たのは!
……デモンもあの薬を飲んで死んだと言っていた。だからあいつにも過去の記憶があったんだ。
「……薬の正体を知っている者は例えあの毒を飲んだとしても過去に戻ったら記憶は無くなります。だからどうしたって何一つあなたの手助けをすることは出来ない。それを知っていながら俺は黙ってあなたにあの薬を飲ませたんです」
「アルジャーノン……」
「今度こそ貴方に、より良い選択をして欲しかった。貴方ならそれが出来ると思いました。……けれどそのせいで一人で戦わせてしまうことになったんです。謝りようがありません」
「……だから最近元気がなかったの?」
「はい……記憶を取り戻してから、あの薬を貴方に渡した事が、本当に正解だったのかずっと考えていました」
ああ、とシャールはため息をついた。
呆れたのでも嫌になったのでもない。ただそんな風に自分を思いやる彼が愛しかったのだ。
「僕はとても感謝してるよ。おかげでアルジャーノンの言うより良い人生を掴み取ることができた」
「シャール様……」
「それに僕が見た目ほどお淑やかじゃないってこと知ってるよね?気が強いってことも」
「……それは確かに……いや、もちろんそれも魅力的です!」
慌ててそういうアルジャーノンを、シャールは心の底から愛してると感じた。
「僕は自分の手でちゃんと片をつけられて良かったと思ってる。そのチャンスをくれたアルジャーノンには感謝しかないよ。……それよりもっと他に気になることがあるんだけど」
「え?なんですか?」
「二回分の思いってやつ。前生でも僕のことが好きだったんだよね。そんなに接点もなかったと思うけど。どうして?いつから?何がきっかけ?」
「シャ、シャール様、あの……もう許してください……」
耳まで真っ赤にしたアルジャーノンが慌ててあらぬ方を向いたので、シャールは逃さないとばかりにアルジャーノンの厚い胸に顔を埋め、腰に手を回して精一杯の気持ちで抱きしめた。
「シャール様……」