骨が軋みそうなほどの力で抱き返され、溢れる想いに息ができない。
愛しくて、可愛くて、健気なこの人に僕はどうやって報いることができるだろう。
シャールは、そんなふうに思った。
「……ずっと、貴方を見ていました。セスが公の場でも堂々とルーカを伴って貴方を蔑ろにしていた時も、貴方はいつも凛とした姿で立っていた。その姿に恋をしました。もちろんそれだけではありませんが……」
そんなのは全部、ただの虚勢だった。惨めな皇后だと思われたくない、それだけだったのに。
「我慢してた甲斐があったよ」
「シャール様、以前は貴方に何もしてあげられませんでした。こんな私ですが、今生はずっと傍にいてくださいますか」
その真剣な目にシャールはふっと微笑んだ。
「だめ」
「……?ええ?シャール様?!」
「ふふっ、じゃあ僕の言うことを聞いてくれる?」
「勿論です!なんでも仰ってください!」
悲壮な表情が何故か胸を高鳴らせる。シャールは優しくアルジャーノンの頬を自分の手で包んだ。
「シャールって呼んで。敬語もいらない」
「……善処します」
「うん、少しずつ慣れて。壁があるみたいで寂しいよ。僕たち夫婦になるのに」
「……シャール様!」
「ほらまた!」
「すみません……」
整った顔を難しく歪めているアルジャーノンが面白くて、シャールはその頬にキスをする。そして分かりやすくベッドに誘った。
「……シャール様、まだ早いです」
顔を赤らめつつ、抱きしめていた腕をおずおずと離そうとするアルジャーノン。だがシャールはそのぬくもりが遠ざかるのが寂しくて、さらにその背に腕を回し、ぎゅっと抱きしめ直した。
「母上が教えてくれた。子どもを作るためじゃなくて……愛し合うためだけに、抱き合ってもいいんだって」
そう言いながら、そっと顔を上げる。
アルジャーノンの黒い瞳が揺れて、その下に宿った情熱と慈しみのすべてが、まっすぐにシャールへと向けられていた。
「シャール様はいいんですか?」
「……少し怖いよ。正直、前生でもあんまりいい思い出がないんだ。結婚した時は既にセスはルーカを愛していたからね」
当時のことを思うと胸が締め付けられる。
ほんの数えるほどしかなかった行為だが、そのたびに奔放なルーカと比べられ、面白みがないと罵倒された。
アルジャーノンは、シャールの顔の曇りを祓うようにその頬に優しく撫でる。まるで宝石に触れるように、やさしく、やわらかく……愛しさが伝わるよう、何度も。
そして不安に揺れる瞳を見つめて額をコツンと合わせ、にっこり笑った。
「……優しくしてね」
「……勿論です」
衣擦れの音すらも恥ずかしいほど静かな寝室で、二人はゆっくりと互いの服をほどいていった。
肌が触れ合うたび、シャールは小さく息を呑む。けれど、それは恐れではなかった。温かさと、信頼のしるしだった。
「痛かったら、すぐ言って下さい」
「うん……お願い、ゆっくり……」
何しろ無垢に戻ってしまったのだ。しかも嫌な記憶しかないので余計に体は硬くなる。
アルジャーノンの指先が、丁寧に、慎重にシャールの身体を愛撫していく。
その白い肌に触れるたび、反応を一つひとつ確かめるように、時間をかけて、ふたりは愛を紡いでいった。
「もう……来て。アルジャーノン、平気だから」
ぐずぐずに溶かされたシャールは、頬を赤らめ快感に涙を浮かべながら懇願する。
「シャール、愛してる」
「え……?ああっ……!!」
唇を重ね、指を絡め、呼吸を合わせながらゆっくりと規則正しい律動が始まった。
「ア……ルジャーノン!好き!」
息も絶え絶えになりながらシャールはアルジャーノンにしがみついた。
決して無理はしないその優しさに、シャールの心はぐずぐずに溶かされて愛が溢れる。
「シャール、今度こそ側で守るから」
「……僕も……ずっと、アルジャーノンを守るよ」
「シャール……」
夜が更けていく中で、ふたりは幾度となく抱き合い、互いの存在を心と体に刻み込んだ。
初めての夜は、涙と微笑みに包まれながら、やさしく穏やかに幕を閉じた。
そしてその翌朝。
シャールは、眠たげなまま微笑んだアルジャーノンの胸の中で、幸せそうに目を細めていた。
柔らかな朝日が、レースのカーテン越しに差し込んでいた。
優しい金の光が、白い寝具を照らし、ふたりの肌をそっと包み込む。
シャールは、アルジャーノンの胸の中で身じろぎしながら、まだ夢の名残を引きずるように目を細めた。
「……おはよう……アルジャーノン」
「……おはようございます。シャール様」
低く掠れた声が、髪を優しく撫でながら返ってきた。
その声を聞いただけで、シャールの胸がじんわりと温かくなる。
「……ちゃんと、眠れましたか?」
「うん」
「体は?どこか痛むところはありませんか?……無理をさせてしまったので」
アルジャーノンの言葉に、シャールは鮮やかに昨夜のことを思い出した。
「あ、えっと。大丈夫」
(……普段はこんなに穏やかなのに、昨夜はちょっと強引だった。そのせいで僕も色んなこと口走っちゃったし……もう!恥ずかしい!)
シャールはもぞもぞとシーツに潜ろうとしたが、アルジャーノンにすぐ捕まってしまった。
「どうして逃げるんですか?」
「に、逃げてないっ……!」
「じゃあ、もう一回キスをしても?」
「……ダメ……もう朝だから……」
そう言いながらも、シャールは抵抗しなかった。
目を閉じると、唇にやわらかい感触が落ちてくる。
優しく、穏やかで、けれど僅かに熱を帯びたキス。それに気づいたシャールはまた頬をあからめた。
「昨夜は本当に幸せでした。ありがとうございます」
「……僕も。……でも、もう二度としないからね」
「えっ?!」
アルジャーノンの情けない顔にシャールは吹き出した。
「ちゃんと名前を呼んで。様は要らないし、普通に話してって言ったでしょ。そうじゃなきゃ、もうしない」
「……そんな。恥ずかしいです」
「え?」
一晩中、もっと恥ずかしいことをしたのに?
それに最中は何度もシャールと呼んでくれた。それを思い出すと、またしてもシャールは恥ずかしさに居た堪れなくなる。
「……名前を呼びすてるのはベッドの中だけじゃ駄目ですか?」
「えっ……」
アルジャーノンはシャールをそっと抱きしめながらそう囁く。
「それは反則……」
シャールは肩まで真っ赤に染めてアルジャーノンの胸をドンと叩いた。
ふたりの朝は、笑いとまどろみと祝福の気配の中、新たに始まりを迎えたのだ。