「よく帰ったな!シャール!」
車椅子ごと、抱き潰さんばかりの抱擁でシャールを迎えたのはゴートロートだった。その後ろではリリーナとアルバトロスが苦笑いで立っている。
「お祖父様!ただいま戻りました!……あ、ちょっと離れていただけますか?」
「そんな……帰って来たばかりなのに何故だシャール!!」
この世の終わりのような悲壮な顔をするゴートロートに、シャールは慌てて「違います」と手を振った。
「見ていただきたいんです」
「何をだ?」
シャールはにこりと微笑みゆっくりと車椅子から立ち上がった。そしてゴートロートの方に震える足で一歩踏み出した。
「シャール!!」
「まあ!素晴らしいわ!」
リリーナたちがそう叫ぶと、周りの使用人たちも口々に喜びを表しシャールを称える。シャールはなんだか面映くてすとんと椅子に座り直した。
「まだこの程度ですがいずれちゃんと歩けるようになる予定です」
シャールの言葉にアルバトロスまでが涙ぐんでいる。父の涙など見たことがないシャールは、驚きつつも改めて家族の深い愛情を感じた。
(ようやく帰ってこられた。やはりここが自分の居場所だ)
エイガーに比べると、文化も市民の生活水準も格段に劣っている。けれど生まれ育ったこの場所はやはり特別なものなのだ。
「アルジャーノン殿下、本当にお世話になりました」
アルバトロスが頭を下げると、アルジャーノンは慌てて「殿下などとおやめください」と手を振った。
「そんなわけにはいきません。貴方は時期ブライト国王になるお方です」
「いえ、私はこの国の王になるつもりはありません」
アルジャーノンの言葉に、面食らった顔をするアルバトロス。だが、そんな父親にシャールは“いいことを教えてあげる”とでも言わんばかりに悪戯っ子のような顔でこう言った。
「父上、この国に王はいなくなるんです」
「え?どう言う意味だ?」
「王政を廃止するんですよ」
「え……?」
そしてシャールは怪訝な顔をする彼らに自分たちの計画の一部始終を話して聞かせた。
◇◇◆◆◇◇
それから数日後、ブライト国内の貴族たちがミッドフォード家に集結していた。国外に居を移していた者たちも、ブライト王政の崩壊を聞き、続々と戻りつつある。
「……戻らなくていい者たちまでいるのだな」
2階から広間を見下ろすゴートロートが呟いた。甘い汁が吸えなくなったと真っ先に国を捨てた者たちが我が物顔で談笑に興じている。
「そういう者ほど声が大きいのですよ」
冷めた目でそう言ったアルバトロスは、このあとの会議で彼らが怒髪天をつく様子を想像し、笑いが込み上げた。
「他国に逃げたはいいが、さほど裕福でもない奴等は望んだような生活が出来なかったはずだ。ブライト国内ならまだしも、他国でいくら貴族だと威張ったところで金がなければ話にならない」
「そうですね。それでこのタイミングで急いで帰って来たんでしょう。だがそう上手くはいかないと分かったらどうするか見ものです」
「貴族制廃止か……シャールも思い切ったことを考えたものだ。彼らの反発にどう対処するのか」
「シャールのことです。きちんと手を打っているでしょう」
「そうだな。わしらが心配するまでもない」
シャールは賢い。そして隣には支えてくれるアルジャーノンもいるのだから。
「もう……今までのように可愛がらせてはくれんだろうな」
「あの子は一生、叔父上の可愛い孫であることに変わりはないと思いますよ」
「……そうか。そうだな」
寂しげな様子から一転、アルバトロスはころっと機嫌を直して嬉しそうに、階下で談笑しているシャールを眺めた。
「では私たちもそろそろ行きましょうか」
「うむ」
これからブライト国がどうなるのか不安は大きい。だが変わらなければならないのだ。
二人は気持ちを引き締め直し、ゆっくりと階段を降りた。
机と椅子を並べ、会議室の体を成した大広間は険悪な空気に包まれていた。
大まかには、この国を大事に思う筆頭貴族たちと、楽をして贅沢をしたいその他の貴族たち。
……そのほとんどが下級貴族ではあるのだが。
「貴族制の廃止など話になりません!」
バン!と机を叩くのはベラの父親であるゴーンロゼット子爵だ。
自分の娘が拘束され地下牢にいるというのに見舞いの一つもせず、自分の保身のためにこうして会議に参加しているのだ。
「私も納得がいきません!」
「私もです!」
次々に上がる手は、思った通りに我先にと逃げ出した者ばかり。筆頭貴族たちはその浅ましい姿にため息を漏らした。
「落ち着いてください。これはもう決定事項です」
サラの父親であり、本日の進行を務めるボーエンシュタイン侯爵の言葉にも従うどころか更に声を荒げた。
「そもそも伝統あるブライト王国がエイガーの属国に成り下がるなど……!あんな伝統も礼儀もない国などに従う謂れはありません!」
「……では、新しい王を立てろと?」
アルバトロスの冷たい声に一瞬びくりとしたゴーンロゼットだが、すぐに気を取り直し、こほんと咳払いをしてから続けた。
「その通りです。アルジャーノン殿下はブライト国の王になられるのでしょう?それなら新しい王を決めればいい。……うちは皇后を輩出した名家です。うちの息子が成人を迎えたのですが……」
その言葉にこの場にいる全員が呆れた。
“皇后を輩出した”というのは、もう今となっては家門の恥にはなれど誇れることではないのだから。