「はあ、はあ、どんだけいるんだよ!」
宮殿内の広場には、たくさんの魔物だった勇者たちの亡骸が転がっていた。その中心には息を切らし、身体中に切り傷を負いながらも立ち続けているガルシアの姿があった。
彼の視線の向こうには魔物が大勢構えており、戦いはまだまだ終わりそうになかった。
純粋な戦いを好むガルシアではあったが、約千匹の魔物を相手にするのは流石に骨が折れた。
彼自身は気づいていないが、いずれも歴戦の元勇者たちである。魔物と化したことで、力や速さが何倍にも膨れ上がり、武器の威力も桁違いになっていた。
しかし魔物の方も、魔物以上に強大な力を持ち、気持ち悪い笑顔を振りまきながら戦いを楽しんでいるガルシアを警戒し、むやみやたらに突っ込んでくるものが少なくなってきた。
「グアアアアァァ!」
そんな中、背格好がよく似た二体の魔物がほぼ同時にガルシアに向かってくる。武器は持っていなかった。
ガルシアは体術使いだということを瞬時に判断し、構えをとる。
魔物はガルシアの前で空高く飛び上がり、二体同時に飛び蹴りを放った。ガルシアはその攻撃を最小限の動きでかわし、二体の魔物の足首を掴んで、地面に思いっきり叩きつけた。
魔物の首の骨がグシャッと折れた音がして、そのまま黒い気が溢れ出してきた。黒い気が二人分集まって空へと消えていき、魔物だった二人は元の人間の姿に戻った。二人とも美しい顔がそっくりな双子のようだった。
「はあ、はあ、次ィ! 来ねぇならこっちから行くぞ!」
疲れているのは確かだったが、その気迫のこもった一言は魔物たちを怯ませるのに十分だった。逃げ遅れた魔物が次々とガルシアの拳の餌食になっていく。その強力なパンチで魔物の体には穴が空き、また首が吹き飛ばされ、魔の気から解放されていく。
「オラオラオラ! みんなまとめて死んじまえ!」
ガルシアの怒涛の攻撃で魔物たちが散っていく中、金銀銅の鎧を着たやけに目立った魔物が飛び込んできた。その派手ないで立ちに「なんかすげぇ魔物がいるなァ!」とガルシアも若干興奮して攻撃を仕掛ける。
渾身の右ストレート。避けたとしてもその風圧で並大抵の魔物は吹き飛んでしまうくらいの威力である。
銀と銅の鎧の魔物がそれぞれの盾を前に出し攻撃を防ごうとする。しかしガルシアの攻撃の威力が勝り、二匹の魔物は後方へと吹き飛ばされる。
その隙間を縫って金の鎧の魔物が彼の顔面目掛けて剣を投げつけてきた。ガルシアはそれを間一髪でかわしたが、すう、と頬に一本の線が入り、そこから血が流れる。
「魔物のくせに連携をとるなんて、なかなかじゃねぇか!」
自身から流れる血を右手で拭い、それを眺めてニヤリと笑ったときだった。
「!!」
ガルシアは右手に強烈な痛みを感じた。見ると掌に矢が数本突き刺さっていた。「ああん? なんだこりゃ?」痛みに耐えながらも、ガルシアは弓が飛んできた向き、高さを計算し、そちらの方を振り向いた。
その瞬間、彼の右目を新たな矢が射抜いた。
「何てこった、あんな距離から弓矢で狙うかい……」
ガルシアは膝をついた。そして近くに落ちていた死体を盾にしてこれ以上の弓矢の攻撃を防ぎ、痛みを堪えながら手に突き刺さった矢を折ってから抜く。
「うおおおおおお!」
さらに右目に突き刺さった矢も強引に引き抜いた。潰れた目玉が血の塊と一緒にどろんと落ちる。さすがのガルシアもこれには堪えた。一気に体力を消耗し、先ほどまでの威勢の良さも無くなっていた。
「こりゃあ……マズイな」
はあはあ息を切らしながら、ガルシアが左目だけで周囲を見回す。まだ魔物は数百匹はいるようだった。
「ガアアアァァァ!!」
ゆっくりと、赤い剣を持った魔物が近づいてきた。ガルシアは最初から赤い剣の魔物の異様な雰囲気は感じ取っていた。
なかなか戦いに参加してこないから不思議に思っていたんだよ。そうかい、俺が弱るのを待ってたってことか。魔物のくせにずるがしこいじゃねぇか! とガルシアはいったん深く息を吸い、気合を入れ直して立ち上がった。
赤い剣の魔物がガルシアの右側に回り込む。
やべぇ! 見えねぇ!
ガルシアの視界の右半分は何も見えなかった。すぐに向きを変え、視界の中に赤い剣の魔物を捕らえて、その攻撃を躱すが……。
ザシュッ! とまたしても遠くから複数の矢が飛んできて、ガルシアの背中に命中した。
「くそっ! またかよ!」
屈強な筋肉のおかげで体を貫通することはなかったが、ガルシアの動きを止めるのには十分だった。
またしても彼は膝をついてしまう。それでも痛みを堪えてなんとか顔を上げると、そこには赤い剣の魔物が立っていて今まさに武器を持った手を振り下ろさんとしているところだった。
「ぐっ!」
ガルシアの右腕が血を吹いて地面に落ちた。なんとか右手を出して防御したおかげで致命傷を避けることができた。しかし、彼最大の武器でもある右腕を失ってしまったのは大きな痛手だった。形勢が悪いことに変わりはない。
「うおおおおお!」
雄叫びを上げてガルシアが立ち上がる。赤い剣の魔物が一瞬たじろぐ。しかしまた、遠くからおびただしい数の矢が飛んできてガルシアの体全身に突き刺さった。
「お……俺様はまだ死んじゃ……いねぇぞ……」
もうガルシアに戦う力は残っていなかった。白目を剥きながら、彼はゆっくりとうつ伏せに倒れた。
「ガアアアアアアァァァァッ!」
ガルシアが倒れたことを確認すると、数百の魔物が武器を持って止めを刺そうと一斉に彼に襲い掛かった。それらはどんどんと覆いかぶさり、黒く大きな塊ができた。魔物たちの叫び声と武器のガチャガチャとぶつかる音が広場中に響き渡る。
「……」
突然魔物たちの動きが止まった。
次の瞬間、塊の中心から光が溢れてきて魔物たちが一斉に吹き飛んだ。吹き飛びながら黒い気があふれ出て、魔物たちは人間の姿に戻りながら地面へと落ちていった。
光の中心にはハデスが立っていた。大きく前へ向けられた右手は魔物たちを一掃し、左手はガルシアに向けて広げられていた。ガルシアの体を暖かな光が包み込み、彼の傷を癒す。
「こら、この程度の魔物にやられるんじゃねぇよ! って、聞こえてないか」
少しハッパをかけようとしたが、ガルシアが気絶していることに気付いて、ハデスは優しく語りかけた。
「よくやった。魔物相手に人間でここまでやれるのはお前くらいだよ」
ビュン!
と遠くから矢が飛んできた。それは確実にハデスの右目を捉えていた。それを彼女は見もせずに人差し指と中指で挟んで、飛んできた方向へ倍以上の速度で投げ返した。
「その程度で私を倒そうなど、笑止千万」
遠くから「あべし!」という叫び声が聞こえたような、聞こえなかったような。
広場にいたすべての魔物は命を落とし、人間の姿に戻った。と同時に、大量の黒い気が宮殿の最上階、王の間へと吸い込まれていった。