「-失礼します。
この後、試乗体験がございますがどうされますか?」
『……』
催しがある程度進行した頃。ふと、俺達の所に役員が来てそんな事を言う。…当然、俺達は即座顔を見合わせて頷いた。
『是非、お願いします』
「かしこまりました。
それでは、舞台にご案内致します」
俺達の返答を聞いた役員は、直ぐに案内を始めてくれた。なので、俺達はその後に続いて観客席から直接舞台に降りた。
「-っ!へぇ、君達もこういうのに興味あるんだな」
そして、車の前まで行くと他の体験希望者も続々とやって来た。…その中に、俺達に話し掛けてくる人がいた。
「…っ。もしかして、詰所の所でお会いした方ですか?」
「おっ、正解。いや、良く覚えてたな」
記憶を頼りに確認してみると、彼は嬉しそうに答えた。…それにしても、まさか兵士までこの場に来るとはな。
「…っ!…やっぱ気になるよな~?」
俺達の向ける疑惑の視線に、彼は困った表情になる。…やはり、試乗体験に参加したのは任務だからか。
「…まあ、これなら『安心』ですね」
「…いや、本当に凄いな。…とにかく、『もしも』の時は私達に任せてくれ」
当然、班長も分かっているので安心した様子でそう言う。すると、彼も自信に満ちた様子で返した。
「-おお~っ!すげぇ~っ!」
そうこうしている内に試乗は始まっていたようで、他の体験者の感動の声が聞こえた。…近くで見ると、迫力が違うな。
「-あ~、楽しかった~っ!」
「それでは、次の方どうぞ~っ!」
やがて、一人目の体験は終わり次の人が呼ばれる。…あ、隣に座るんだ。
御者台を良く見るとそこそこ広さがあり、次の人は御者の隣に座る。…まあ、流石に素人に制御はさせないか。
「-きゃああ~っ!楽し~っ!」
そして、車はゆっくりと動き出し徐々に速度を上げていく。すると、女性の参加者は大いに喜んだ。
-その後も、順調に試乗体験は行われ遂に俺達の順番がやって来た。…だが、その時快晴の空が不意に雨の前のような曇天になる。
『-っ!?』
「…な、なんで、急に曇りに?」
当然、観客や御者担当の役員は困惑する。…どうやら、『来てしまった』ようだ。
『-ぐおおおおおお~っ!』
俺達は瞬時に気持ちを切り替え、素早く氣を練り上げた。…そして、まるでそれを待っていたかのように天から轟くような咆哮が聞こえて来た。
『-ひぃ~っ!?』
それを聞いた人々は、本能的な悲鳴を上げてしまった。…正直、俺達でも全身に鳥肌が立つくらい怖い。
「…な、なんだ、今のは?」
当然、近くに居た兵士は全身をガクガクと震えさせてながら天を見上げた。…この人、かなり強いな。多分、ある程度責任のある立場の人なんだろう。
「-っ!来ましたっ!」
『纏装っ!』
そうこうしている内に、班長が空の一点を指差し叫ぶ。…そちらを見ると、何かがこちらに向かって飛んで来ていた。
「…あれは、『龍』?」
「…ちぃっ!本当に大将自ら乗り込んで来るとはなっ!」
「…厄介極まりないな。…それに、もしも他の闘士が居るとなると-」
『-ぐおおおおお~っ!』
『う、うわあああああ~っ!?』
すると、空を泳ぐように舞う氣の龍は再び咆哮を放つ。当然、観客や役員は腰を抜かしたり頭を抱えてその場にうずくまった。…これは、まずいな。
「『丑殿っ!壁をお願いしますっ!』」
「『分かった~っ!何処に作れば良い~?』」
「『まずは、観客席と舞台の間にっ!
ただし、人一人がぎりぎり通れる隙間を開けて下さいっ!』」
「『任せろ~っ!
-土壁・四方陣っ!』」
場の混乱を見た班長は、すかさずデカイ兄さんに指示を出した。それを聞いた兄さんは、直ぐに言われた通り行動した。
「『次は、あれを守って下さいっ!』」
「『分かった~っ!
-三重土檻っ!』」
次に班長は、この催しの主役である車を指差した。すると、即座に車は分厚い三重の檻に隠された。…檻を守り使うとはな。
『-ほう、頭が回るな』
「『…っ!?』」
感心していると、ふと空から腹に響く低い声が聞こえた。…なんだ、この氣は?恐ろしいほどの圧力だ。
「『…最後は、私達の後ろに大きな壁を』」
「『…っ!分かった~。
-大土壁』」
敵の大将の氣に冷や汗を流していると、班長は最後の指示を出す。直後、俺達と役員や体験者との間に巨大な土の壁が出現した。
『ふははっ!今世の丑の闘士も見事だっ!』
それを見た敵の大将は、何故か称賛を送って来た。…訳が分からん。普通、忌々しく思ったり侮ったりするだろうに。
『…これは、残りの三人も期待出来そうだと思わないか?』
『…へへっ、どうですかね~?』
「『…っ!』」
そして、敵の大将は動向している誰かに声を掛ける。…すると、そいつはこちらが予想していた通りの反応をした。
『では、-余興-も任せよう。…そうだな。
-はぁっ!』
それを聞いた敵の大将は、とてもふざけた事を言う。…そして、直後氣の龍の周りに真紅の玉が五つ浮かんだ。
『これの全てが消える前に、奴らを捩じ伏せるのだ』
『ふははっ!多分、二つ消えるまでには終わりますよっ!
-とおっ!』
どこまでもこちらを侮る会話をした後、同行していた奴は龍から飛び降りた。…っ!?
次の瞬間、そいつの氣の鎧は小山のようなデカさとなった。そして、そのまま舞台に落下してきてた事で地響きと砂煙が起こる。
『-さあ、行けぇっ!』
「『くそっ!?』」
「『うわぁっ!?』」
砂煙が収まると、奴の周囲に氣の猪の大群が出現していた。直後、猪達は突進してきた。
「『くっ!?(まさか、アイツが?)』」
『そらぁっ!まずは、ちびからだぁっ!』
因縁を感じつつ何とか回避していると、奴は腕を更に巨大化させ智一を狙い始めた。…本当に趣味が悪いなっ!
『ちぃっ!おらあっ!』
『くっ!
-氣分身っ!』
奴はしつこく弟分いうが、当然弟分は直ぐに氣で分身を作り出した。…っ!?そんなっ!
『-え』
だが、次の瞬間信じられない事が目の前で起きていた。なんと、奴は分身に目をくれずに正確に弟分を叩き潰そうとしていたのだ。…ヤバいヤバいヤバいっ!何とか、猪達を避けて駆けつけないとっ!
「『智一っ!?』」
「『不味いっ!?』」
「『させんよ~っ!
-土柱・五点っ!』」
仲間達が最悪の展開を予想するなか、デカイ兄さんは極太の土の柱を五つ生み出し敵の巨体な足から弟分を守ろうとする。
『甘ぇよっ!ふんっ!』
けれど、奴は嘲笑いそのまま腕を下ろし柱を粉砕していく。そして、そのまま-。
『-何をしている。
お前は既に雷を扱えるのだから、それを足に雷を纏い力強く走ればよいのだ』
突如、時の流れゆっくりとなりふと目の前に相棒が現れて助言をくれた。だから、俺は直ぐに言われた通りにする。
『そうだ。それで良い。
さあ、後はこの技の名前を叫べっ!』
「『-雷走っ!』」
『ぷぎいいいい~っ!』
「『えっ!?うわっ!』」
そして、技の名前を叫ぶと共に駆け出す。すると、立ち塞がる大きな体躯の猪達を吹き飛ばしながら余裕で弟分の所にたどり着き、素早く彼を担ぎ上げて再度駆け出した。
「『はあっ!?』」
そして、少しして地響きが後ろから聞こえて来た。当然、奴は信じられない様子だった。
『-おおっ!まさか、奴が-寅の闘士-であったかっ!』
一方、敵の大将は何故か嬉しそうだった。…なんか、面倒臭い予感がするな。
「『…た、助かりました』」
「『…よ、良かった』」
そんな事を考えていると、弟分は凄く感謝してきて仲間達はとても安堵する。…まあ、今は闘いに集中しないと。
『…そうか。お前が、-我々の手から逃れた寅の器-かぁ。…まさか、今日この場で見つかるとはなぁ。
-オマケに、良くも俺の可愛い-猪達-を沢山潰してくれたなぁ?』」
「『…っ!やっぱり、あの猪達はお前の使いなのかっ!』」
『…ああ、そうだ。
全く、随分と酷い事をしてくれたなぁ?』
俺の確認に、奴はイラつきながら答えこちらを非難してくる。…どうやら、奴にとっても俺は因縁の相手なようだ。