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第43話 家庭科室(1)

「家庭科室って、初めてだ!」


「今日は、学園祭の焼きソバ試食会でしたよね」


「あたくし、焼きソバなんて庶民メニュー、食べたことなくってよ!」


「あー! それで食べてみたかったから、企画会議で焼きソバ推しだったんだな、エリザは!」


 リアルの学校はダルいのにゲーム内の学校って、なんか楽しい……!

 校舎に入った俺たちが向かったのは、家庭科室だった。

 今日の予定は、俺、サクラ、エリザ、そして同じ企画グループの男子たちNPCのみんなで、焼きそば作りだ! そして、試食!

 ……っていっても、ただの試食会じゃない。

 ひとりひとりがそれぞれ焼きソバを作り、一番ウマい焼きソバを作った子が、学園祭の焼きソバ・リーダーになる。

 いわば 『焼きソバ王・決定戦』 なのだ……!


「やっぱ王者は、サクラかな? エリザ、焼きソバ作ったことある?」


「な い わ」


「いっそ清々すがすがしいな、エリザ!」


 サクラがくすっと笑った。


「ヴェリノさんは? 焼きソバ、作ったことあるんですか?」 


「聞いて驚け…… 実は、俺も、ない!」


「別に驚かなくってよ」 と、エリザが真顔でコメントする。

 いや、そこは乗ってほしかったところ…… ってのは、無理か。


 ―― いや、事前に作ってみようとは、思ってたんだけどね!

 なんか、初めて作るってハードルが高くて…… いつのまにか、今日やってみてから練習すればいっか、って結論に落ち着いてたんだよね!


 ちなみに、焼きソバの具材はエルリック王子たちNPCが用意してくれている。つまり、昼飯代がゼロ! やっほい!

 毎日、家庭科でもいいなあ……!


「おっ、ここが家庭科室か」


 ドアを開けると、なかにはコンロと流し台がついた大きめのテーブルが、いくつも並んでいた。

 なるほど、こういうところなら全然、焼きソバ王決定戦ができちゃうよね。


「おはよー! エルリック! ミシェル! ジョナス! イヅナ!」


「おはよう、ヴェリノ」


「おはよっ」


「おはようございます」


「おーすっ!」


 黒板の前にはもう、男子たちNPCが集まって待ってくれていた。例によって、空気が清浄化されそうなほどのキラキラエフェクトが漂ってる。

 半ズボンのうえに黄緑エプロンを着けて子犬みたいになってる可愛いショタ枠のミシェルが、ととと、と俺たちにかけよる。


「うわあ、みんな、エプロン姿、かわいいねっ」


「え? あ、ほんとだ! 俺、いつのまにかエプロン着てる!」


「家庭科室に入ると、自動的にエプロンが装着されるんですよ」


 サクラがにこにこと説明してくれるとおり、俺たち女子3人は、おそろいの赤チェックに白のヒラヒラフリルつきエプロンだ。

 かわいいけど、エリザのドレスには全然合ってないな…… 赤に重ねる赤チェックが、なんというか。

 エリザも気になるらしく、エプロンのすそをひっぱって顔をしかめている。


「このデザイン、もう少しなんとかならないのかしら!?」


 エリザが言ったとたん、赤チェックのエプロンは、白のレースつきに変わった。

 おー、こんなことができるのか! さすがゲーム!


「じゃあ、わたしも…… 『このデザイン、もう少しなんとかならないのかしら?』 」


 サクラがエプロンを引っ張ると、エプロンはこんどは、パステルカラーっぽい薄紫のシンプルデザインになった。

 サクラって割と、シンプルでスタイリッシュなのが好きなんだよね。


「俺は、このままでいっかな!」


 エルリックがキラキラエフェクトを倍増させて、ほめてくれた。


「みんな、よく似合っていて素敵だよ…… もちろん、ヴェリノも」


「サンキュー! エルリックも正統派の白エプロン、カッコいいな! 『料理の鉄人』 みたいなオーラ、出てる感!」


「オレは、オレは?」 と聞いてくるイヅナは、濃いグリーンのエプロンだ。

 これまた、着こなしちゃってるんだよなあ……


「イヅナも似合ってる! なんか、カッコだけみたら、焼きソバ王はイヅナかも、って思っちゃうね!」


「ヴェリノ、わかってんじゃん!」 


 イヅナが大きな口をあけて笑った。

 エルリックがシャレオツな 『エスカルゴのナントカ』 みたいな料理を作るとしたら、イヅナは、まさに 『お好み焼きマスター』 みたいな感じだからな!


「ジョナスは…… うーん、優秀な毒薬研究員とか……?」


「………… くだらないですね」


 眼鏡を中指でクイッと持ち上げ、セリフで一刀両断に斬り伏せてくるのは、ジョナス。

 チャコールグレーのエプロンが、調理用にはまったく見えない……! こわい……!

 全体的には物柔らかい雰囲気なのが、かえってウラがありそうで……!


「ねえねえ、ボクは? ボクは?」


 ぴょんぴょん跳ねながら尋ねるミシェルは、もちろん。


「かわいいなー! 天使みたいだな、ミシェル! 俺の妹になってほしい!」


「やだなぁ、ボクは男だよっ」


「じゃあ弟で! こんな弟、ほしかったんだよね!」


 そう、リアルでの俺は、年の離れた兄ちゃんと姉ちゃん、それに、双子の妹がいる。

 けど、双子の妹っていうのは、スタンダードな妹とはちょっと違うのだ。

 俺が兄ちゃんだからって、かわいがるのも微妙。ましてや、いばったら返り討ちにあうこと必至!

 なんなら俺よりしっかりと家庭を牛耳っているし、俺のことだって 『兄ちゃん』 ではなく名前呼び捨て…… それが、双子の妹なのだ。


「俺、もし弟ができたら、ホットケーキ作ってあげるって決めてるんだ!」


「じゃあボク、ヴェリノさんの弟になるねっ! 『お姉ちゃん』 って呼んでいい?」


「うわあ、いいの? ミシェル、まじかわいい! じゃあこれから、俺のことは 『お兄ちゃん』 って呼んで!」


 まあ本当は 『お姉ちゃん』 呼びでもいっか、って、一瞬思ったけどね!

 でもできれば。


「一生に一度くらい 『お兄ちゃん』 って言われてみたいんだ……!」


「うんっ、わかったよ! おね…… にいちゃん!」


 にいちゃん…… にいちゃん…… にいちゃん…… (脳内リフレイン)

 いま、俺は、生まれて初めて 『兄ちゃん』 って呼ばれている……!

 これほどの感動があるだろうか……っ


 俺はとりあえず、ミシェルの脇をよっと持ち上げて、高い高いした。

 きゃっきゃっ、と声をあげて喜んでくれるミシェル…… まさしく……!


「おおおおお…… 俺の、弟……!」


「おね…… にいちゃん! こんど、ホットケーキつくってね!」


「マカセロ!」


 俺はミシェルと一緒にくるくる回る…… 楽しいなあ!


「ちょっとヴェリノ? 弟ができたのはかまいませんけど、なにか忘れていなくて?」


「いや、もちろん覚えてるって、エリザ!」


 俺はミシェルをもういちど高い高いして、宣言したのだった。


「よっしゃ! じゃあ、張り切って! 焼きソバ王決定戦、開始 ――!」

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