『
火の精なるサラマンダー。
汝が力を我に貸したまえ。
……
俺の詠唱に合わせて、魔法っぽい文字がサラマンダーの小さな檻の上をぐるりと走り、そして……
しゅぅっ……
小さくまたたきながら、きえてしまった。
「あぁぁぁっ、もう……!」
俺は頭をかかえた。
また、失敗……!
「これで9回目だ……」
「ぅおんっ」
【運が悪すぎますねww】
チロルがしっぽをふぁさふぁさ振って、なぐさめてくれる。
「だよな、チロル……! 俺は運が悪いんであって、魔法の才能がないわけじゃないよな!」
「そこまで運が悪いというのも、考えものではなくて?」
「エリザ…… せめて今この瞬間だけでも、悪役令嬢は休憩してくんない……?」
傷口に塩塗られすぎて、もうかえって気持ちいいよ…… いたたた。
「大丈夫だよ、おねえちゃんっ」
俺の腕にミシェルがぶらさがる。
「あのね、50%の確率で失敗するのが、9回連続で続く確率は、50%の9乗で約0.1953%! つまり、500人に1人もいないんだよっ! ここまで引き当てるなんて、かえってすごいよっ、ね?」
「ぐふっ…… ミシェル…… 励ましの気持ち、受け取った……」
めちゃくちゃ、いたいけどね?
「あと1回失敗したら、俺、1000人に1人になっちゃうよ……!」
「ヴェリノさん、心配しないでください」
サクラが慰めてくれた。
「この際ですから、1000人に1人目指すのもあり、くらいの気持ちでやってみましょうよ」
「うん…… もし1000人に1人になれたら、称号もらえるかな」
「ぅおんっ」
【提案しておきますww】
「…… よし! やるぞ!」
『
俺は10回目の詠唱をはじめた。
そうだよ、10回でダメなら、11回、それでもダメなら、20回でも唱えればいいだけだもんね!
1000人で終わると思うな…… 100万人に1人にだって、なってやるぅ!
ひぃゃっはぁぁぁあ!
『…… 火の精なるサラマンダー!
汝が力をっ! 我に、貸したまえ!
……
俺が唱えた呪文は今回も、淡く輝く文字になってサラマンダーの檻を取り囲む…… さて。
成功、するかな?
成功、してほしい…… 今度こそ……!
文字はチカチカとまたたき、ゆらめく。
―― つかないな、火……
「あああ…… やっぱり……」
ダメかあ……
―― と、そのとき。
きゅぅぅぅぅぅっ……
文字が連なって、サラマンダーの赤いたてがみのなかに吸い込まれていた。
眠そうだったサラマンダーの目が、カッと開く。
おおおお!?
こ、これは……、もしかして……!
俺の心臓がバクバク跳ねる…… いや、期待しない期待しない…… って、どうしても期待しちゃうよ!
てか、ここまできて不発だったら、泣くよ!
…… ぼっっ
ついに ――
サラマンダーの口から、青い炎が吐き出された。
炎は檻を伝って広がり、サラマンダーの全身を鮮やかに包む。
赤い背中のたてがみが、青い炎のなかでユラユラと揺らめく…… すごく、神秘的だ。
「うわぁぁぁあっ! 成功! 成功したぁぁぁあっ! やった! やった!」
「やったね、おねえちゃんっ!」
ミシェルが俺に抱きつく。その向こうで、エルリック王子がほほえんだ。
「さすがだ。よく頑張ったね、ヴェリノ」
「おうっ、根性あるなー、ヴェリノは! すごいじゃん!」
イヅナが俺の背をバンバン叩き、ジョナスがぼそりと 「これ以上、長引いて王子に迷惑をかけるのでしたら、制裁する予定でしたが……」 と呟いた。
「ぅおんっ、ぅおんっ!」
【おめでとうございますww 称号 『諦めない心』 をゲットしましたww】
「おおお、称号…… やった! チロルも運営さんもありがとうっ」
本当に俺、諦めないでよかった……!
「あーよかったー! 魔法って、ほんと、才能じゃなくて確率だよね!」
「ですから、あたくしが最初から、確率だって言ってさしあげたでしょ? 『才能ない』 とか言い出したときには、バカなのかしらと思ってしまいましたけど…… まあ、良かったんじゃなくて? おーほほほほほ!」
エリザが扇子で口元を隠して高笑いするいっぽうで。
「頑張りましたね、ヴェリノさん」
サクラも、ニコニコしてくれてる ―― ほんと、頑張って良かったぁ!
「みんな、ありがとう! 俺をひたすら待ってくれたうえに、ほめてくれるなんて! みんな、優しすぎるぅぅぅ! ありがとう、ありがとう!」
「だ、誰も、ほめてなんかいなくってよ!」
エリザがなぜか、うろたえた。
「とっ、ともかく! 本番は、これからでしてよ!」
「そうだな! 待たせちゃったぶん、急がないと」
「まったく、そのとおりですわ…… さあ!
鉄板を火の上に置いてくださいな!」
エリザのテキパキとした指示に従って、ジョナスとイヅナが、コンロの上に鉄板を設置した。
サクラがその上に油をのせる。
少しだけだった油が、熱でとろっと広がっていくの、地味におもしろいな。
「さて……」
エリザが、俺とサクラに交互に目をやった。
「このなかで、焼きソバ作ったことある人は、いて?」
「俺、カップ焼きソバならある!」
「ふんっ…… 話にならないわね!」
「そう言うエリザはどうなんだよ!?」
「 な い わ 」
「
さすが、悪役令嬢。
エリザは腰に手をあて、堂々と胸を張り、上から目線である。
「むしろ、どうして、このあたくしにそんな経験があると思ったのか、教えていただきたいものですわ?」
「…… はい、スミマセン……」
「まあ、わかればよろしくってよ! ……とすると」
エリザは扇の先をバシッとサクラに向けた。
「サクラが焼きソバのリーダーで決定ね! 作るまでもないわ!」
「ええええっ! せっかくの、焼きソバ王決定戦が……!」
「あら! あたくしに、初心者の作ったマズい焼きソバを食べろというのかしら、ヴェリノ?」
「ううう…… マズいとは、かぎらないと思う……!」
いや俺も、エリザの気持ちは、めっちゃわかるけどさ!
楽しみにしてたのに! 焼きソバ王決定戦!
「だって、俺だって、焼きソバ作ってみたいしっ……」
「じゃあ、もし良かったらですけど、今日は、わたしが作りかたを教えましょうか?」
「サクラ……! いいの?」
「はい。そもそも、わたしたち全員、作れるようになっておかないと。学園祭は、朝9時から夕方5時まであるんですから」
「ああ、そっか……!」
学園祭のあいだは交代で休憩をとることになるんだったっけ。
学園祭の休憩は、たしか、普段は会えない、ほかのグループのプレイヤーとも会えるチャンスなんだよね! (ガイドブックより)
「じゃあ、絶対にみんな、交代できるようになっとかなきゃ! 知り合い増やせるチャンスだもんな!」
「あら! 知り合いなんて、そこまで増やす必要ないんじゃなくて? それとも、いまのままでは楽しくないというのかしら?」
ん? エリザが急に不機嫌に……?
しかし、俺はもう知っている。
エリザは悪役令嬢! そして、ツンデレ!
すなわち、いまのエリザの発言は。
「たしかに、知り合いなんて増やさなくても、俺はエリザとサクラとエルリックとイヅナとミシェルとジョナスがいれば、楽しい!」
「ふっ…… そうでしょう? だから、焼きソバはサクラにまかせ 「だが、俺は!」
俺はエリザに向かい (たぶん) 正論をぶちかました。
「友だち20人くらい作ってみたいし、サクラひとりに負担をかけるのは、正義の悪役令嬢としてはオカシイと思う!」
「うっ…… そのぶん、あたくしたちはポーションを売ればいいんじゃなくて?」
「エリザ…… もしかして、焼きソバ作り、自信がないんだな……?」
「はあああ!? そんなわけ、ありませんわ!」
かかった……! (にやり)
「自信がないから、サクラにやってもらおうとしてるんだろ?」
「な、なにをっ……! このあたくしにかかれば、焼きソバごとき、なんでもなくってよー!」
「ほんとうか?」
「当然よ! そんなもの、すぐに習得してさしあげてよっ」
バサリ、と扇を
エリザは、おごそかに
「このあたくしに、できぬことなど、なくってよ!」