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第46話 家庭科室(4)

 ジャーッ……

 鉄板の上にのせた野菜が、いい音をたてて白い煙を上げる。

 見てるだけで元気になれそうな、にんじんとピーマンのビタミンカラーを、タマネギ、キャベツ、モヤシの淡い色合いが優しく包みこみ、シメジがいい感じにアクセントをつけてる。


「野菜だけでも、めちゃくちゃ美味しそう!」


現実世界リアルだと、こんなに野菜使えませんもんね」


 サクラがほほえみ、サラマンダーに 『中火ミディアム』 と指示を出した。

 かっぽん

 耐熱ガラスのフタを野菜の上にかぶせ、サクラが解説してくれる。


「野菜は火を弱めて少し蒸し焼きにすると、味が良く出るんですよ」


 ふむふむ。

 これは、現実の世界でも使えそうな知識だな! しっかり覚えておこう。

 ノート……は無いから、レターセット(白) にメモだ!


「エリザもメモ要る?」


「いいえ、けっこう。この程度……すぐに覚えてやるわ!」


 ……? エリザ、いつもと違う?

 『上から』 というより、なんだか、真っ直ぐにメラメラと燃えるような…… わかった。


「そっか! エリザは 『闘志を燃やして』 るんだな!」


「なっ、なによ!? ……このあたくしを厨2病呼ばわりする気!?」


「いや、アニメヒーローみたいでカッコいい! それに俺、厨2もカッコいいと思うほう!」


「あたくしは、ちゅ、厨2なんかじゃ! なくってよ!」


「てれるなよ。偉いぞ、エリザ! 俺も、見習わなくちゃな!」


「ふんっ! ヴェリノの頭じゃ一生、無理じゃなくて?」


「ぴんぽん正解! ってわけでエリザ、もしメモ抜けてたら、あとで教えて。よろしく!」


「最初から、ひとをアテにするんじゃ、なくってよー!」


 そんなこと叫んでてても、あとで聞いたら教えてくれるほうに5000マル。


 かっぽん

 しばらくすると、サクラが鉄板から野菜のフタを取った。

 上に豚肉を並べて、またフタをかぶせる。


「豚肉は、野菜から出る湯気で蒸し焼きにします。時間は、ほんのちょっと。入れるのが早すぎると、固くなるから注意してください」


「らじゃっ」


 俺がメモを書いていると、サクラはこんどは、野菜の隣に焼きソバの麺を置いた。


「あたくしが、炒めてあげてもよくってよ!」


「じゃあ、お願いしますね、エリザさん」


「ふんっ、こんなもの!」


 エリザ、力入ってるなあ。

 サクラの解説が続く。


「麺は水洗いして、最初に少し炒めてから、野菜と合わせるんです。

 家で作るときは、野菜と麺は味付けまで別にして最後に合わせた方が、ベタッとしなくて良いと思いますよ」


「ここでは?」


「サラマンダーの火は強いので、大丈夫です。ほら、現実の方のコンロは、一定温度以上になると勝手に切れちゃうから……」


「へー、そうなんだ!」


「あら! そんなことも知らないなんて、ヴェリノ、お手伝いしてないわね?」


「ギクっ……」


 って、そういうエリザもお手伝いとか、ぜったいにしてなさそう!

 けど…… 真紅のドレスによく合う、レースのエプロンをつけてガシガシと麺を炒めるエリザは……


 ナンダカ、トテモ、オトコマエデス、ウン。


 俺も、こんな風になりたい! 


 今度、家で焼きソバ作ってみようかなー?

 ―― ばあちゃんはぜったい、ビックリして喜んでくれる。

 ―― 両親と姉ちゃんは、微妙なデキでも、ほめてくれる。

 ―― 兄ちゃんは、よっぽどひどいデキじゃない限り 『まあまあだな』 ってバクバク食べてくれるはずだ。

 ―― んで、もし、上手に作れたら……

 双子の妹が、ひょっとしたら、人生初・尊敬の眼差しで見てくれたり、なんてしちゃったりね!


 でへへへへへ……


 威勢よく焼きソバを作る俺。

 カッコいいんじゃね?

 想像したら、自然にニヤけちゃう!


「ちょっとヴェリノ! ぼーっとしてるんじゃないわよ! メモは!?」


「え? あ、しまった……!」


 エリザの高飛車な声に気がつけば、焼きソバはもう、仕上がり寸前になっていた。

 ソースの匂いが漂ってきている。


「ソース! いつ入れたのっ!?」


「野菜と肉とそばを混ぜて、火を止めてから、ソースで味付けしていたわ」


 エリザがスラスラと答えてくれる。


「ぅぉぉぉぉ……エリザ、マジですごい……!」


「ふっ、ふんっ……! こんなの普通でしてよ! ヴェリノが、ちゃんと見てなかっただけではなくて?」


「うんっ! エリザが見ててくれて超助かった! ありがとう、エリザ!」


「ふんっ、別に、ヴェリノのためなんかじゃなくってよっ!」 


「いや1回見ただけで、そこまで覚えるのすごいよね!?」


「そっ、そんなの! あたりまえでしてよー!」


 これ以上言うと、エリザの口元を隠してる扇、顔半分くらいまで上がっちゃいそうだな。

 もう耳が真っ赤だし…… ほんと、てれやさんだなあ、エリザは!


消火エクスティングィッシュ


 サクラがサラマンダーの火を消した。


「できましたよ」


「すごーい! うまそうっ!」


 エルリック王子が長い箸を片手に、もう片方の手には皿を持って鉄板のそばに立つ。


「では、焼きソバは私が盛ろう」


 めっちゃ庶民的なシチュエーションのはずなのに、王子のキラキラエフェクトが倍増してるせいか…… 焼きソバが、高級料理に見える罠。


 俺たちに焼きソバを配ってくれるのは、ミシェルだ。

 両手でお皿を持ち、てとてと歩いてテーブルに置いて…… ふう、とひたいの汗を袖で拭き、にこっと笑顔を向けてくる。


「お姉ちゃん、どうぞ!」


「ありがとう、ミシェル。まじに天使!」


 いっぽうでジョナスは、俺たちの前に凄まじい速さでグラスを置いていく。

 速いんだけど、音ひとつなく、中身が揺らいだりも、もちろん、ない ―― ニンジャかな?


「特製のレモネードでございます」


「…… 毒入り?」


 聞いたとたん、急激に寒気がする…… ジョナスから、冷気が放出されているのだ!


「さあて。もしあなたが気絶したら、そうなのでしょうね」


 唇だけ曲げた笑みが、怖すぎる…… エルリック王子が 「大丈夫。私が作るよう、頼んだんだよ」  とフォローしてくれなければ、俺はきっと凍っていただろう。


 ちゃちゃちゃちゃちゃっ

 イズナがみんなの皿の前に、手裏剣の要領で箸を並べてくれた…… やっぱりNPCヒーローは、ニンジャも兼業してるんだ!


「サクラの焼きソバが食べられるなんて、感激だなあ! じゃ、食べようぜ!」


「「「「「「「「いただきまーす」」」」」」」」


 俺たちは、みんなで手を合わせたのだった。

 さて、肝心の焼きソバの味は……


「うまい! そして、もうなくなった!」


 シャキシャキ感を残した野菜と、柔らかい肉、程よい硬さの麺に、辛めのソースがしっかりと絡んで…… なんでだか一瞬、『百年前の貴重映像』 の野球場の歓声が聞こえた……!

 そして、焼きソバは気づいたら、ぜんぶなくなっていた。

 そんなに食べたかなあ…… いや、もともと少なかったんだ。

 まだ、材料は余ってる!


「サクラ、もっと作って! うまかった!」


「次は、ヴェリノさんとエリザさんが作るんですよ」


「えええ! サクラのもっと食べたい!」


「材料が、限られてますから…… 練習してもらわないと」


「それはわかるんだけど」


 俺が作るより、絶対にサクラの方が美味いと思うんだ!


「練習しなきゃ…… でも、サクラの焼きソバがもっと食べたい食べたい食べたいー!」


「幼児かしら」 と、エリザ。


「気持ちはわかる!」 と、大声で笑うイヅナの皿も当然、すでに空っぽだ。


「お姉ちゃん!」


 隣に座っていたミシェルが、焼きソバの乗った皿を差し出してきた。


「よかったら、ボクのあげる!」


「うううっ、ミシェル……! 優しい……!」


 親切心がめちゃくちゃしみる…… だが。

 同じ年でも、幼児にしか見えないミシェルの食べ物を取るなんて…… そんなことは 『お兄ちゃん』 としては、とてもできないよね!


「だが、気持ちだけでじゅうぶん! ミシェルは、まだ成長期だろ? いっぱい食っておっきくおなり」


「もうっ、お姉ちゃん! 子ども扱いしないで、ったらあ!」


「いいから、いいから! ほれ、あーん!」


 箸でつまんだ焼きそばを、膨れっ面の口元に持っていってあげる…… 


 ぱくん


 まだ、ちょっと怒った顔をしながらも、ミシェルは俺の手から食べてくれた。


「うううう…… かぁわいい!」


 エリザがぼそりと 「あざといわね」 とかつぶやいてるが。

 いいんだ、ミシェルなんだから!

 ウサギとか小リスにエサをあげてるような、癒され感がひしひしと……

 ぶっちゃけ、天国だよね、もう!


「はい、もうひとくち! あーん!」


「…………もうっ、ボクは子どもじゃないんですよっ!」


「まぁまぁ、いいじゃん」


 ミシェルは、なんだかんだ言いつつも、俺が焼きそばを差し出せば素直に食べてくれる…… うううう。

 めちゃくちゃ、幸せ……っ



 ところが。


「ちょっと、あなた」


 急に、エリザが俺を呼んだ。しかも名前じゃなくて 『あなた』 呼び。


 ―― もしかして、ものすごく怒ってたり…… する?

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