「ちょっと、あなた! 時間は有限なのよ、おわかり!? 早く、調理に取りかかってくださいな」
エリザは、厳しい顔で言いたててくる。
言葉遣いもなんか、他人行儀で…… 怒りが伝わってくるような!
俺、そんなに悪いこと、したかな?
俺の疑問は、次のエリザの発言で解けた。
「それともナニかしら? 今度はミシェルさんばかり、かまって。
王家の次は伯爵家にコビを売って、手玉にとるおつもり? 油断ならないかたね!」
そっか、これは 『悪役令嬢モード』 のエリザだ!
すなわち ――
俺が逆ハーレムに挑戦するということは、サクラとヒロイン交代するようなもの。
そうすると俺とエリザの間に発生するのが 『悪役令嬢のいじめ』 なんだ!
悪役令嬢が 『噛ませ犬』 的な役割をしてくれることによりヒロイン役の俺が引き立つ、っていうね!
そっかー!
悪役令嬢・エリザの場合は 『俺を応援する = 俺をイビる』 ってことになるんだ!
すごいなー、エリザ!
ここまで考えて、さっそく行動に取りかかるなんて、なかなかできないと思う!
しかも、普通ならやりたがらない 『悪役』 を……!
しかも、さりげなくアドバイスを混ぜ込みながら……!
(発言を読解すると 『ミシェルばかり可愛がってないで、ほかのNPCにも愛想を振りまいてちょうだい!』 ってことだろう)
「エリザ…… まじでヒーローなんでは」
「ばばば、ばかねっ! なにを言ってるの!?」
エリザが扇で半顔を隠した。
相変わらず、奥ゆかしい。
「あたくしは、ただっ! 庶民が身の程もわきまえず、身分の高い殿方にコビを売りまくるのはいかがなものかと! 注意して差し上げただけよっ」
「うんっ、ありがとう、エリザ!」
「ま、まあ、その! わかっているなら、かまいませんわっ」
コホコホと咳き込むエリザ。
―― あとで聞いたところによると、こういうシーンではヒロイン役は、被害者ぶってヒーローにかばってもらうものらしい。
あまりに俺がセオリーと違うことを言ってくるのでムセたんだって。
わざわざ被害者ぶるのは、俺には難しいかな?
―― ともかく、エリザの言いたいことはわかった!
「こんどからは俺、ミシェル以外とも仲良くするよう、注意するよ、エリザ」
「ふんっ! わかれば良くってよ!」
ところが ――
ここで、ミシェルがキレた。
(まさかとは思うけど、ミシェル以外とも仲良くする、って俺が言ったのが、イヤだったとか……?)
フルフルと肩を震わせて、
「コビだなんてっ…… お姉ちゃんは、そんな人じゃ、ないんだからぁっ!」
ミシェルが、エリザにくってかかっている…… これ、どうしよう。
俺は、隣に立つサクラに、こそっと聞いてみた。
「ねえねえ、これ、止めた方がいいの?」
「さあ、どうでしょう?」
サクラが首をかしげて、にっこりとする。
「たぶん、ヴェリノさんが自分で考えたほうが、いい結果になりますよ」
「そうかな?」
「はい。なにしろヴェリノさんは、
「そういうのは、ちょっとな……」
まあたしかにサクラの言うとおり、俺のために怒ってくれてる子の対処を、ひとに任せるべきじゃないかも。
「うーん、どうしよっかな」
俺は考えた。
「育児の基本はたしか、否定しないこと……」
―― そう。ばあちゃんが話してるのを、聞いたことがある。
『どんな子にでも、その子なりの理由があるのよ。まずはそれを聞いてあげて。気持ちを、認めてあげて。その上で、ルールを教えて……』
ばあちゃんの教えのとおりにするなら……
喧嘩は止めなきゃいけないけど、頭ごなしに 『やめろ!』 っていうのはダメってことだな!
この場合は、ミシェルの気持ちは分かるつもりだ。
―― 大好きな兄貴がディスられて、腹が立って仕方ない、ってことだろ?
うん、俺だって、兄ちゃんが他人に悪く言われたら、ムカつくと思うからな! ……ん?
ここまで考えて、俺はちょっと、止まった。
大好きな兄貴……?
ミシェルのヤツ、俺のことをそんなにも…… 尊敬してくれてんのかなぁ……
たった小一時間前に、『お兄ちゃん』 になったばかりなのに……!
(なんか 『お姉ちゃん』 って言われてる気がするけど、そこは無視)
―― なんって、かわいいヤツなんだ、ミシェル!
俺は、まだエリザをにらみつけているミシェルを、がばりと抱っこした。
―― さっきエリザに 『ミシェルとばかり仲良くしない』 って言ったばかりなんだけど…… うん、明日からがんばる!
「わわわっ、お姉ちゃんったら! どうしたの!?」
「ミシェルー! お兄ちゃんは、嬉しい!」
「わわわわわっ」
俺はミシェルの脇に両手をはさんで、よっ、と持ち上げた。
NPCとはいえ、意外としっかり重みがあるんだよな。
「ほれー、高いたかいー! よく、お兄ちゃんのために闘ってくれたな、ミシェル! 偉い!」
俺はミシェルを高いたかいしながらくるくるまわる。仕上げは、ぎゅーっとして、ほおずり。
ちいさいころ、俺も、父親や兄ちゃんにやってもらって嬉しかったんだよなぁ……
ところが、ミシェルは逆に、泣き出した。
「うわぁぁぁんっ! お姉ちゃぁぁぁんっ!」
泣きながらも、ヒシっと抱きついてくるミシェル…… 満点かわいい。
「おー? よしよしよしよし、よーしよしよしよし」
俺はミシェルの、鳶色のサラツヤな髪をしっかりなでてあげた。
「お姉ちゃん、ボク、こわかったよぉぉぉお!」
「そうか、よくがんばったなー、ミシェル!」
ミシェルをナデナデしながら、ちらっとギャラリーを確認すると、エリザは 『あ ざ と』 と口をパクパクさせており、サクラは 『スチルゲットですね』 とサムズアップをしてみせてくれていた。
「こわかったなー。公爵家のお嬢様だもんなー、相手は。よく頑張った!」
「だって、お姉ちゃんのこと、悪く言うからっ!」
「ありがとうな、俺のために、そんなに怒ってくれて!」
俺はミシェルを降ろし、両肩に手を置き、コツン、とおでこを合わせる ―― 昔よく、ばあちゃんがやってくれていた 『ダメよ』 のときの姿勢だ。
これされると、なんか、逆らいにくいんだよな……
「でもな、ミシェル。ケンカはダメだ…… ミシェルなら、わかるだろ?」
「ボクのことなら、いいんだよっ…… でも、お姉ちゃんの、お姉ちゃんのことを……っ」
「わかった、ミシェル、ありがとう…… だけどな、エリザは 「ごほんっ、あら失礼!」
突如としてエリザが、割って入った。
見ればサクラも、顔の前で両手の指で小さくバツ印を作っている ―― 『 ダ メ で す よ 』
そっか…… 『エリザは悪役令嬢』 はNPCには極秘事項なわけか。
きっとゲームの攻略に支障が出るんだろう。
なら、別のアプローチにしなきゃな ――
俺は考え考え、ミシェルに言う。
「だがそれは、ケンカのやり方としては、イマイチだ、ミシェル。いいか。
たとえば、1つしかないアイスを妹にとられたとしても、そこでアイスの奪い合いをしていては、溶けてしまうだけなんだ……
そういう時には、アイスは譲って、チョコとポテチとコーラを一人占めして、目の前でゆっくり動画を見ながら食べてやるのが、賢い方法なんだ、わかるか?」
うーん、このたとえ、大丈夫かな?
人にモノを教えるなんて初めてなんで、不安だ……
意味、わかってくれるかなー?
「えーと……」
ミシェルが、しばらく黙ってから、口を開く。
「つまりは、小さなことにこだわって争わず、大局的に物事を見て、より大きな利を掴め、ということですか」
「そうだ! うまいこと言うなー!」
俺は感心した。
まさに、俺が言いたいのは、そういうことだったんだ!
さすがは高機能AI!
「さすがだな、ミシェル! 賢い!」
ウリウリウリウリと鳶色の頭を撫でてあげると、ミシェルが首をすくめながら、くすぐったそうな、照れくさそうな、誇らしそうな顔をする。
我が弟ながら、ほんっと、かわいい!
―― 子育ての喜びって、こういうことなんだな!
俺はしみじみと実感しながら、焼きそば作りに取りかかった。
頑張って、皆に美味い焼きそばを食わせてあげたい!