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第64話 夢見花音の視点


(ああ、歌が聞こえる。……私の大好きな歌が……)


 奇跡はここまでだったとしても、十分過ぎるほどの余生だった。

 あんなに楽しくも、激動の日々は前世でも無かったと思う。そう考えると、私がここにいて、ここで退場するのが私でよかった。


(私は今世の私に、ちゃんと託せたかしら?)



 ***



 煌星カノンこと本名、斎院花音さいいんかのんの生き方は、生まれた時から決定権がなかった。斎院財閥の一人娘として、幼い頃から英才教育を押しつけられて親の用意した道を歩く。父も父方親族も私を《使える駒》にしか考えていなくて、個として見たることはなかった。


 私が私としていられたのは、奔放な母と母方の祖父母のおかげだった。私を普通の女の子にしてくれて、遊園地やデパート、公園にも連れて行ってくれた。

 デパートの屋上。簡素な壇上、設備もセットも見栄えが良いとは思えなかったけれど、そこで華やかな衣装を身に纏った綺麗な女の人が歌った歌。


「──っ!」


 ぱああ、と世界が一瞬で白黒モノクロから、鮮やかな世界に切り替わった。心臓が今まで止まっていたかと思うほど脈打ち、体がすごく熱い。

 初めて心が震えて。

 初めて声を上げて泣いた気がする。

 私が人であると、人形でも、駒でもないのだと知った日。


 その歌を、女の人の笑顔を、私は忘れない。


 それが私の原点。

 歌を歌いたい。歌を歌って私がここに居る、と伝えたい。私は斎院財閥の一人娘ではなく、私だと唯の『花音』として知ってほしい。

 それから私は母親だけに相談して、歌を本格的に学ぶ講師を付けて貰った。他のこともすべて完璧にやるという条件下の元、私は幾ばくかの自由を与えられた。


 家庭は歪で、家族らしいことをした記憶はない。

 私の家族は母と、母方の祖父母との思い出だけ。でも十分だ。必要以上に干渉してこなければ良い。成績も上位にいて、学校で問題を起こさなければ──。

 でもそれが変わったのは、中学受験だった。小学校受験はなんとか回避したらしいけれど、父方の実家から指定され最初から拒否権はない。


(そちらがそう来るのなら、私は世論と法を味方に付けよう)


 あの一族と手を切るために、泣き寝入りする気はない。それに母は元々結婚する気はなかったのだとか。


「気づいたら外堀を埋められちゃって☆」

(母軽すぎない!? 心配だわ)


 普段ぽわぽわ~んとしているけれど、芯は強いし、自分の貯金を元手に小物店を立ち上げて、数店舗のオーナーさんなのだから凄いと思う。


(仕事に関しては凄いのだけれど……)

「花音~~~、お茶っ葉知らない?」

「昨日無くなるから買ってくるって言っていたでしょう?」

「そうだったかしら~~?」

「そうです。だから私がお使いに行こうかって、言ったでしょう?」


 楽しかった。普通とは違っていても、それでも温かい居場所があったもの。

 でも──、それを崩すのはいつだって心ない大人たちだ。


「見合い……?」


 中学受験が終わった頃、数年ぶりに呼び出された父親に言われた言葉に目が点になった。ここで母親がブチ切れて、色々あって離婚のための別居期間に。

 それを皮切りに、斎院財閥の親戚連中に不祥事の隠蔽、横領、不倫など様々な悪行が表沙汰になり、私たち母娘はサクッと離婚へ。


(もっと抵抗するか、有能な弁護士を雇うと思ったのに意外。……ああ、その弁護士を雇うお金をケチってでも企業をなんとかしたかったのね)


 母には内緒だけけれどネットを駆使して、本当のことをリークしたのは私だ。英才教育もあったけれど私の一番の強みは、知識だった。

 自分の知識量が可笑しいと気づいたのは十二才の頃だったか。

 知らないこともまるで、ずっと前から知っていたかのように頭の中に浮かび上がる。それもあって、困ったときはその力を駆使してきた。


 斎院財閥から離れて、私の名前は夢見花音になった。

 これからは自分の好きなように生きよう。

 私はアイドルを目指すためにも歌唱力を付けるため、欧米に渡って留学しつつ、ストリートライブなど歌って実力を付ける日々を過ごした。

 自由に。

 敷かれたレールから、鳥かごから出た世界はとても、美しくて、素晴らしかった。


 雨音でしんみりする時は、バラードを。

 立ち上がり背中を押すような時は、大衆向けのJPOPを。

 祭りだと賑やかな曲は、ミュージカルソングを。

 時は伴奏なしの即興のコーラスを。

 色んな歌を歌ったし、洋楽の勉強も楽しかった。

 色んな出会いもあったし、色んな経験もした。そんな経験を積んで、昔憧れたアイドルになるために日本に戻った。


 ──と、ここまでは良かったのだけれど、すでに私の人気(?)は海外では有名だったらしく、アイドルではなく女性歌手歌姫として認識され、そのまま事務所にスカウトされた。


(契約前に、方向性を伝えてみよう……)


 しかしアイドルに難色を示したのは、社長とマネージャーだった。今のアイドルは、ほとんどユニットを組んでから独立だが私の場合は、すでに女性歌手歌姫としての下地があり、有名であること。そして一番の問題は、私の歌唱力と釣り合うだけの人材が業界にいなかったことだ。


「あまりにも実力が違いすぎると、ユニットとしての仲がぎくしゃくしちゃうでしょう」

「うう……。でも、私にとっての憧れはお姫様みたいな衣装を着て、踊って歌う感じなのです」


 そこで私の想像のアイドル偶像と、実際のアイドルの乖離を指摘される。思えば、私は色々ズレていたのだと思う。普通は海外に留学とかの前に、日本でオーディションを受けるなどが普通だとか。

 当時は父親のいる日本にいたくなかった。その思いが強すぎて、視野に入っていなかったのだと思う。もし邪魔されたら──。

 実力や実績が出る前に父方の親戚に目を付けられて、潰される可能性を考えていたのもある。そのあたりの事情も話した。


「それだったら、舞台衣装をアイドルに寄せる形にするのはどう?」

「アイドルの衣装!」

「外見の問題だけだったのかよ!?」

「まあまあ社長。でもちょっとズレているところも、彼女の魅力ですよ!」

「あはは?」

「四カ国語もばっちこい、歌唱力はもちろん、どんな曲も大ヒット! コアなファンが既に各国にいますからね! それにこれだけの美人で、舞台もバラエティも──」

「あ、バラエティは歌えるのなら出ますが、歌が無いなら出ません」


 よく考えたら海外ではストリートライブなども多く、服装もシンプルなものが多かった──というより、あまり気にしていなかった気がする。


「どれならドレス。レースをあしらって、可愛いのがいいです!」

「決まりね!」

「名前はどうするの? 本名?」


 今までは「カノン」として名乗ってきたけれど、せっかくだからと「煌星カノン」に改名した。そこから一気に飛躍して、音楽番組に、舞台、歌える場所、歌える仕事なら何でも受けて、楽しんだ。

 ドラマも映画も良い勉強になったと思う。

 もっと、歌を歌って、世界に届けたい。

 昔、私の心が壊れそうだったのを救って貰えたように、誰かに手を差し伸べられたら──。


 そんな歌を中心とした私の人生は二十代後半でアッサリと幕を閉じる。

 人生何が起こるか分からないと思ったけれど、まさか交通事故だなんてツイてない。

 母親や祖父母にだってまだ親孝行してないのに──。

 薄れゆく意識の中、それでも最期の心残りと言ったら、一つだけだった。


(ああ、でもできるのなら、もっと歌を歌いたかった……な)


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