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第65話 煌星カノンの視点1

 煌星カノン。

 人生を短距離走のようにして駆け抜けた。あるいは線香花火のように輝いてアッサリと自分の幕を下ろした。そうやって私の人生は終わったのだけれど、次に意識を取り戻したら摩天楼な建造物の中に浮かんでいた。


(ここどこ!?)

阿迦奢図書館アカシックレコード、ありとあらゆる情報が集う場所だよ」


 そこには茶色のネザーランドドワーフという種類のウサギが、二足歩行で立っていた。しかも胸元には黒のリボンを付けて、とっても可愛らしい。


「かわいい」

「えへへ、でしょでしょ。姿、今の姿も気に入っているんだ」


 子どもの声で答えるウサギは明るくて、おしゃべりさんだ。

 改めて周りを見渡すと、天井は見えず、中央にはどこまでも続くらせん階段。どこまでも続く本棚と本が並べられていた。

 不思議な空間。

 けれど不快な感じはない。

 様々な光が溢れて本へと変わっていく。なんとも不思議な光景だけれど、本のタイトルが見たことのない文字だ。


(あれ、でも読める? なんで?)

「読めるでしょう? ここは阿迦奢図書館アカシックレコードの内側、ありとあらゆる情報が集う場所で、僕らのような特殊な魂は、ここの情報を閲覧や干渉ができる。それは知識の箱船として、失われつつある文化や知識と世界を繋げる架け橋でもあるんだ」

「干渉……閲覧、生前私の覚えのない知識が、浮かんできたのは……もしかして」

阿迦奢図書館アカシックレコードの力だね。時代のうねりや世界の転換期に、よりよい魂が選ばれるみたい」


 耳をピクピク動かすウサギさんの仕草は愛らしい。


「あなたも元は人間だったの?」

「うん、そうだよ。亡くなったら、ここで様々な情報を預けて、また別の世界に転生する──のが通例なんだけれど」

「私は何か違うの?」


 前足である場所を指し示す。そこには光が溢れているのに、本にならずに留まっていた。


(あそこだけ光の塊が?)

「あの世界の時間軸が巻き戻っているんだ」

「世界の時間軸が?」


 そんなことあるのだろうか。なんとも不思議な光景が続く。


「そう。あの世界は、魔法や人外がたくさんいる世界だから、ああいうことも普通に起こる。特に運命の歯車を変えるための時間軸の巻き戻しは、その運命が変わらなければ関わった魂ごと摩耗して消えてしまう」

「そうまでして変えたい人がいるなんて、羨ましいわ」


 もし時間軸が巻き戻ったら、もう一度歌が歌いたかった。そんな思いで口に出したのだけれど、ウサギはクスリと笑う。


「じゃあ、君があの世界で運命を変えるように導いてみる?」

「私が? そんなことができるの?」

「できるさ。ちょうど渦中にいる魂は、次の君の魂の生まれ変わりだからね」

「は? はい!??」


 にい、と笑ったウサギは愛らしく耳をピクピクさせている。


「うん、いつかの私も、。私だとあの怪物と相性が悪そうだったけれど、君ならきっとできるよ。第二の余生を楽しんできてね」

「え、ちょっ──」


 そうやって私はレイチェルの世界に入り込んだ。一度目から、何度も、何度も始まりと終わりを見てきた。八回目までは私は意識があるだけで、何もできなかったけれどレイチェルの心が砕きかけた時、その欠けた破片を媒介に、私は顕現できた。


『誰がこんなところで諦めるって言ったってーの!!』


 まさか顕現した姿が十代、しかも私の一番好きだった衣装コスチュームだったなんて予想外だった。


『私は煌星きらぼしカノン! 職業は《|偶像《アイドル》》で、レイチェル貴女の前世よ』


 私も自分の心が死にかけたとき、別の誰かが助けてくれた。気づかせてくれた。

 貴方は一人ぼっちじゃない。

 貴方の周りにはちゃんと、味方がいる。

 私とかつて私だった魂と未来の私だった魂も、阿迦奢図書館あの場所で見守っていたのを、私は知っている。


!』


 今度は私が私を助ける番よ。



 ***



 なーんて息巻いていたのに、レイチェルは才能の塊だった。自己評価が低いけれど、有能だし、無意識に阿迦奢図書館アカシックレコードの力を駆使してあらゆる文字を読み解いている。

 へにゃってよく笑う姿はとっても可愛い。さすが今世の私。

 私は自分の人生に後悔なんてない。

 私は私の人生を精一杯生きたもの。


 だけど、もう少し自分にも周りにも、もう少し優しく、言葉をかけて、相談をして、頼れば良かったとは思う。レイチェルも誰かに頼るのは苦手だった。

 なによりまた裏切られるかもしれないと思うと、怖くなってしまうのだろう。


(大丈夫よ。少なくともダレンは貴女の死を望んでいない。じゃなきゃ、自分の存在価値を掛けて八回も死に戻りをさせないわ)


 九回目の死に戻りでレイチェルは、本来なら得られるはずだった仲間を得られた。彼女が気づき行動するだけで変わる。

 楽しかった。

 歌に費やした時間とはまた違った楽しさがあったし、レイチェルを支えて導くことが嬉しくもあった。阿迦奢図書館アカシックレコードの権限をフルに使って、助言したのも良い経験だったと思う。


「『仕事仲間としてですわ。私の目的は王位継承権ではありません。このカエルム領地を豊かにして、国を支える存在になること。私が目指しているのは、弱き者が理不尽に奪われない居場所を作り、私が民衆に必要とされる存在──聖女アイドルになることが、私たちの最終目標です!』」


 なんてまた啖呵を切って、半分はレイチェルのためで、もう半分は私の願いのため。もう一度歌を歌いたい。誰かに私の歌を聴いてほしい。

 王位継承権争いの中で、自分でも驚くほど自分勝手な願いだ。


 そんな私の言葉をレイチェルは真っ直ぐに受け止めて、私の思惑に気づいているだろうダレンも承諾した。

 のちのち、シリルが味方についたことでレイチェル陣営は、少しずつ基盤を整えていく。それにシリルの手を借りることで、実体化もできるようになったのも大きい。


 シリル。レイチェルと同じく破滅の運命を持った者。

 思えば私の人生は歌ばかりで、恋人や家庭を持つことを嫌っていた。自分の幼少期を思って、結婚だけが幸せでは無いと理解していたし、恋人と一緒にいるよりも歌う時間のほうが楽しくて、自由でよかった。


 だからシリルとの出会いは衝撃だったし、驚いたものもある。誰かに好意を向けられる心地よさや嬉しさ。誰かに愛されるという幸福感。

 この世界に来て私は、自分の人生では味わえなかった経験と出会いをさせて貰った。


(今なら恋の歌とかも、いっぱい書けそうだわ)


 結局のところ私は音楽馬鹿なのだと思う。

 私の人生をかけた歌をシリルと、レイチェル、ダレンに聞いてほしい。これは私がいたことの証として、いつかそう遠くない未来で私がいなくなったとしても、忘れないための──保険。


 それとレイチェルが精神攻撃あるいは物理的な死に見舞われたら、私が身代わりになるための術式をダレンと一緒に組んだ。

 いつの間にか二人での悪巧みも慣れてきたものだと思う。決まってレイチェルの眠る寝室というのがアレだけれど。


「ここまでするとは、慎重ですね」

「そう? そのぐらいしないと、運命の歯車を変えられないかもしれないでしょう」

「であれば、どうでも良さそうな人間を捕まえて来て、身代わりにすれば良いのでは?」


 人外らしい考えだ。でもそれでも、この怪物が私の大切な人の為に動く姿が眩しい。そして誇らしくもある。彼だけは最初から最後までレイチェルを見守り、助けて、傍に居続けた人だから。そのことを私は知っている。


「ふふっ、そうね。合理的だわ。でも、それを知ったレイチェルはどう思うと思う?」

「………………………………絶対に怒るでしょうね。………………他人の身代わりは止めます。ですが、それしかないなら私は──」

「貴方はそれでいいと思う。何が何でもきっとレイチェルを守ってくれる。だから私は私のやり方で、

「貴女ぐらいですよ、私を守るなんていのは」

「そう? レイチェルも言うと思うけれど?」

「…………」

「ダレン、レイチェルを今まで守ってくれて、ありがとう」


 これはやり直しをずっと見てきたからこその言葉だ。ダレンは目を細めて、眠っているレイチェルの頬に触れた。


「それはこちらの台詞です。正直、貴女がいなければ、私は自分の気持ちに気づくことも、このような日々が訪れることも無かったでしょうから。それに関しては感謝を」

「そう。それは光栄だわ」


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