煌星カノン。
人生を短距離走のようにして駆け抜けた。あるいは線香花火のように輝いてアッサリと自分の幕を下ろした。そうやって私の人生は終わったのだけれど、次に意識を取り戻したら摩天楼な建造物の中に浮かんでいた。
(ここどこ!?)
「
そこには茶色のネザーランドドワーフという種類のウサギが、二足歩行で立っていた。しかも胸元には黒のリボンを付けて、とっても可愛らしい。
「かわいい」
「えへへ、でしょでしょ。
子どもの声で答えるウサギは明るくて、おしゃべりさんだ。
改めて周りを見渡すと、天井は見えず、中央にはどこまでも続くらせん階段。どこまでも続く本棚と本が並べられていた。
不思議な空間。
けれど不快な感じはない。
様々な光が溢れて本へと変わっていく。なんとも不思議な光景だけれど、本のタイトルが見たことのない文字だ。
(あれ、でも読める? なんで?)
「読めるでしょう? ここは
「干渉……閲覧、生前私の覚えのない知識が、浮かんできたのは……もしかして」
「
耳をピクピク動かすウサギさんの仕草は愛らしい。
「あなたも元は人間だったの?」
「うん、そうだよ。亡くなったら、ここで様々な情報を預けて、また別の世界に転生する──のが通例なんだけれど」
「私は何か違うの?」
前足である場所を指し示す。そこには光が溢れているのに、本にならずに留まっていた。
(あそこだけ光の塊が?)
「あの世界の時間軸が巻き戻っているんだ」
「世界の時間軸が?」
そんなことあるのだろうか。なんとも不思議な光景が続く。
「そう。あの世界は、魔法や人外がたくさんいる世界だから、ああいうことも普通に起こる。特に運命の歯車を変えるための時間軸の巻き戻しは、その運命が変わらなければ関わった魂ごと摩耗して消えてしまう」
「そうまでして変えたい人がいるなんて、羨ましいわ」
もし時間軸が巻き戻ったら、もう一度歌が歌いたかった。そんな思いで口に出したのだけれど、ウサギはクスリと笑う。
「じゃあ、君があの世界で運命を変えるように導いてみる?」
「私が? そんなことができるの?」
「できるさ。ちょうど渦中にいる魂は、次の君の魂の生まれ変わりだからね」
「は? はい!??」
にい、と笑ったウサギは愛らしく耳をピクピクさせている。
「うん、いつかの私も、
「え、ちょっ──」
そうやって私はレイチェルの世界に入り込んだ。一度目から、何度も、何度も始まりと終わりを見てきた。八回目までは私は意識があるだけで、何もできなかったけれどレイチェルの心が砕きかけた時、その欠けた破片を媒介に、私は顕現できた。
『誰がこんなところで諦めるって言ったってーの!!』
まさか顕現した姿が十代、しかも私の一番好きだった
『私は
私も自分の心が死にかけたとき、別の誰かが助けてくれた。気づかせてくれた。
貴方は一人ぼっちじゃない。
貴方の周りにはちゃんと、味方がいる。
私とかつて私だった魂と未来の私だった魂も、
『
今度は私が私を助ける番よ。
***
なーんて息巻いていたのに、レイチェルは才能の塊だった。自己評価が低いけれど、有能だし、無意識に
へにゃってよく笑う姿はとっても可愛い。さすが今世の私。
私は自分の人生に後悔なんてない。
私は私の人生を精一杯生きたもの。
だけど、もう少し自分にも周りにも、もう少し優しく、言葉をかけて、相談をして、頼れば良かったとは思う。レイチェルも誰かに頼るのは苦手だった。
なによりまた裏切られるかもしれないと思うと、怖くなってしまうのだろう。
(大丈夫よ。少なくともダレンは貴女の死を望んでいない。じゃなきゃ、自分の存在価値を掛けて八回も死に戻りをさせないわ)
九回目の死に戻りでレイチェルは、本来なら得られるはずだった仲間を得られた。彼女が気づき行動するだけで変わる。
楽しかった。
歌に費やした時間とはまた違った楽しさがあったし、レイチェルを支えて導くことが嬉しくもあった。
「『仕事仲間としてですわ。私の目的は王位継承権ではありません。このカエルム領地を豊かにして、国を支える存在になること。私が目指しているのは、弱き者が理不尽に奪われない居場所を作り、私が民衆に必要とされる存在──
なんてまた啖呵を切って、半分はレイチェルのためで、もう半分は私の願いのため。もう一度歌を歌いたい。誰かに私の歌を聴いてほしい。
王位継承権争いの中で、自分でも驚くほど自分勝手な願いだ。
そんな私の言葉をレイチェルは真っ直ぐに受け止めて、私の思惑に気づいているだろうダレンも承諾した。
のちのち、シリルが味方についたことでレイチェル陣営は、少しずつ基盤を整えていく。それにシリルの手を借りることで、実体化もできるようになったのも大きい。
シリル。レイチェルと同じく破滅の運命を持った者。
思えば私の人生は歌ばかりで、恋人や家庭を持つことを嫌っていた。自分の幼少期を思って、結婚だけが幸せでは無いと理解していたし、恋人と一緒にいるよりも歌う時間のほうが楽しくて、自由でよかった。
だからシリルとの出会いは衝撃だったし、驚いたものもある。誰かに好意を向けられる心地よさや嬉しさ。誰かに愛されるという幸福感。
この世界に来て私は、自分の人生では味わえなかった経験と出会いをさせて貰った。
(今なら恋の歌とかも、いっぱい書けそうだわ)
結局のところ私は音楽馬鹿なのだと思う。
私の人生をかけた歌をシリルと、レイチェル、ダレンに聞いてほしい。これは私がいたことの証として、いつかそう遠くない未来で私がいなくなったとしても、忘れないための──保険。
それとレイチェルが精神攻撃あるいは物理的な死に見舞われたら、私が身代わりになるための術式をダレンと一緒に組んだ。
いつの間にか二人での悪巧みも慣れてきたものだと思う。決まってレイチェルの眠る寝室というのがアレだけれど。
「ここまでするとは、慎重ですね」
「そう? そのぐらいしないと、運命の歯車を変えられないかもしれないでしょう」
「であれば、どうでも良さそうな人間を捕まえて来て、身代わりにすれば良いのでは?」
人外らしい考えだ。でもそれでも、この怪物が私の大切な人の為に動く姿が眩しい。そして誇らしくもある。彼だけは最初から最後までレイチェルを見守り、助けて、傍に居続けた人だから。そのことを私は知っている。
「ふふっ、そうね。合理的だわ。でも、それを知ったレイチェルはどう思うと思う?」
「………………………………絶対に怒るでしょうね。………………他人の身代わりは止めます。ですが、それしかないなら私は──」
「貴方はそれでいいと思う。何が何でもきっとレイチェルを守ってくれる。だから私は私のやり方で、
「貴女ぐらいですよ、私を守るなんていのは」
「そう? レイチェルも言うと思うけれど?」
「…………」
「ダレン、レイチェルを今まで守ってくれて、ありがとう」
これはやり直しをずっと見てきたからこその言葉だ。ダレンは目を細めて、眠っているレイチェルの頬に触れた。
「それはこちらの台詞です。正直、貴女がいなければ、私は自分の気持ちに気づくことも、このような日々が訪れることも無かったでしょうから。それに関しては感謝を」
「そう。それは光栄だわ」