レイチェルと歌を歌う。
歌をこの世界に届ける。この世界で歌が66曲しか無いなんて可笑しい。そう思って声を上げたけれど、あの後、歌の神ミューズに聞いたら正しくは「歌の神々が認めた人物が66人」だったというだけで、歌の規制や完成された歌というのも語弊があると話してくれた。
それは人間が勝手に言っているだけらしいが、それでも数百年に何度か私のような挑戦者が出るという。そう気骨のある者の歌を聴くために、掲げている謳い文句だという。
やっぱり歌を好きな人に悪い人はいないのね、と嬉しく思った。
二日目のロイヤルマーケットと披露会。中央公園での一般公開。元々、レイチェルを狙うならここだろうと想定はしていたのだ。だけど万が一を考えて、伝えたいことを告げておく。
私って昔から勘は良いのよね。
『レイチェル。もしかしたら、この先、辛い選択肢や身を切る思いをするかもしれないけれど、大丈夫よ』
「カノン様?」
『貴女は、もう、一人ではないのだから。ちゃんと困ったら、助けを求めることができる。何ができるのか、どうしたいのか、得るために何をすべきかも全部わかっているし、それに見合った努力を惜しまないし、覚悟もある。……今はもう幸せになることは怖くないでしょう?』
「はい。カノン様とダレンがいたおかげです」
レイチェル。
レイチェル……。
今世の私。私ね、もっと貴女と一緒にいたと、本当に思っていたのよ。それは本当。
でも絶対に貴女をここで退場になんかさせない。気をつけていたのだけれど、悪意や殺意がこれほどの攻撃力を持つとは思わなかった。
(ああ。痛い、苦しい、呼吸もうまくできない。でも──)
感謝と敬意を込めて、私の全てをかけて歌にする。
どうかこの先、レイチェルを守るもう一つの武器でありますように。辛いとき、悲しいとき、嬉しいときも歌は人の心を癒すわ。
私の持つ最高で最大の魔法。
貴女にもっといろんなことを残したかった。
それでも途中で、限界が来てしまう。
もっと頑張りたかった。
最期まで、せめて二日目を無事に終わらせるべきなのに、こんな中途半端で終わりなんて──。
折れそうになるこころを奮い立たせて、足掻く。
『音楽を止めて終始しても敵の思うつぼで、困るのはレイチェル貴女よ』
「でも、今止めなければカノン様は──」
『どちらにしても、この毒を受けもつと決めた以上、私は長く持たないわ。それなら──最期までレイチェルとの
そうだ。まだ歌いたい。
もっとレイチェルと歌を、歌いたい。
だから
一曲だけ、歌い切る。
『レイチェル。私の最期の夢を、私の最期の歌を一緒に歌ってくれないの?』
涙ぐむレイチェルの涙を、私は拭うことはできないけれど、でも鼓舞することだけはできる。
ねえ、レイチェル。
貴女はね、私なんかよりもずっと、
だから結果的には、良いことなのかもしれない。
人が変わるとしたら、人との出会いと別れだけなのかもしれない。私との別れが、貴女をより羽ばたく存在になることを願うわ。
『それじゃあ、レイチェル。仕切り直しで、ショートバージョンで歌うわよ』
「──っ、はい」
困惑する空気と、ざわめく観客を黙らせる圧倒的な演出。
それをレイチェルはよく分かっている。
だから大丈夫。
花火の演出で空気が変わった。
やっぱり、レイチェルは土壇場で大きく成長する。
「『Felicitatem tibi.』」
一声。それに全てをつぎ込んで歌う。
体はもうガタガタで、いつ崩れても可笑しくない。
それでも歌うことが嬉しくて、幸せだ。
ちゃんと伴奏も付いてきている。さすが私と同じ音楽馬鹿だわ。
「『貴女に会えてよかったと 宵闇に向かって私は叫ぶ』」
貴女に出会えて良かった。レイチェルと出会ったのは、八回目の世界が崩壊する宵闇だったわね。
ねえ、レイチェル。
「『
私にもう一度歌を歌わせてくれて、ありがとう。
貴女が今世の私で本当に良かった。誇らしいわ。
私は自分の行きたいように生きて、好きだった物に全力で挑んで楽しんだ。だから、ね。レイチェルも、もっと自由に、やりたいことがやれる世界に。
レイチェルとダレンが好きなだけ本を大量に買えて、読書を堪能する穏やかな日々が来るように、願うわ。
ああ、でも──。今度から私が二人を止められないのは、少しだけ寂しいわね。
異世界あるあるだって、まだいっぱいあるのに。
「『重ね合わせた 思いは 忘れない』」
ああ、レイチェル。さすが今代の私だわ。
ちゃんと私の
『私はずっと貴女の中にいるわ』
だって私は貴女の前世なんだもの。
またいずれ、
『おやすみ』
「そういう言い方はもっと狡いです。カノン様」
そう聞こえた気がするけれど、私にしては悪くない幕引きだったと思う。