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第66話 煌星カノンの視点2

 レイチェルと歌を歌う。

 歌をこの世界に届ける。この世界で歌が66曲しか無いなんて可笑しい。そう思って声を上げたけれど、あの後、歌の神ミューズに聞いたら正しくは「歌の神々が認めた人物が66人」だったというだけで、歌の規制や完成された歌というのも語弊があると話してくれた。


 それは人間が勝手に言っているだけらしいが、それでも数百年に何度か私のような挑戦者が出るという。そう気骨のある者の歌を聴くために、掲げている謳い文句だという。

 やっぱり歌を好きな人に悪い人はいないのね、と嬉しく思った。


 二日目のロイヤルマーケットと披露会。中央公園での一般公開。元々、レイチェルを狙うならここだろうと想定はしていたのだ。だけど万が一を考えて、伝えたいことを告げておく。

 私って昔から勘は良いのよね。


『レイチェル。もしかしたら、この先、辛い選択肢や身を切る思いをするかもしれないけれど、大丈夫よ』

「カノン様?」

『貴女は、もう、一人ではないのだから。ちゃんと困ったら、助けを求めることができる。何ができるのか、どうしたいのか、得るために何をすべきかも全部わかっているし、それに見合った努力を惜しまないし、覚悟もある。……今はもう幸せになることは怖くないでしょう?』

「はい。カノン様とダレンがいたおかげです」


 レイチェル。

 レイチェル……。

 今世の私。私ね、もっと貴女と一緒にいたと、本当に思っていたのよ。それは本当。


 でも絶対に貴女をここで退場になんかさせない。気をつけていたのだけれど、悪意や殺意がこれほどの攻撃力を持つとは思わなかった。


(ああ。痛い、苦しい、呼吸もうまくできない。でも──)


 感謝と敬意を込めて、私の全てをかけて歌にする。

 どうかこの先、レイチェルを守るもう一つの武器でありますように。辛いとき、悲しいとき、嬉しいときも歌は人の心を癒すわ。

 私の持つ最高で最大の魔法。

 貴女にもっといろんなことを残したかった。


 それでも途中で、限界が来てしまう。

 もっと頑張りたかった。

 最期まで、せめて二日目を無事に終わらせるべきなのに、こんな中途半端で終わりなんて──。

 折れそうになるこころを奮い立たせて、足掻く。


『音楽を止めて終始しても敵の思うつぼで、困るのはレイチェル貴女よ』

「でも、今止めなければカノン様は──」

『どちらにしても、この毒を受けもつと決めた以上、私は長く持たないわ。それなら──最期までレイチェルとのデュエットを楽しんだほうが良いもの』


 そうだ。まだ歌いたい。

 もっとレイチェルと歌を、歌いたい。

 だから阿迦奢図書館アカシックレコードの権能を駆使して、僅かに私自身の状態を固定。解毒ではなく、毒の進行を遅らせることに──。

 一曲だけ、歌い切る。


『レイチェル。私の最期の夢を、私の最期の歌を一緒に歌ってくれないの?』


 涙ぐむレイチェルの涙を、私は拭うことはできないけれど、でも鼓舞することだけはできる。

 ねえ、レイチェル。

 貴女はね、私なんかよりもずっと、阿迦奢図書館アカシックレコードを使いこなしているの。私がここに居続けたら、貴女の才能を発揮できなくなる。

 だから結果的には、良いことなのかもしれない。


 人が変わるとしたら、人との出会いと別れだけなのかもしれない。私との別れが、貴女をより羽ばたく存在になることを願うわ。


『それじゃあ、レイチェル。仕切り直しで、ショートバージョンで歌うわよ』

「──っ、はい」


 困惑する空気と、ざわめく観客を黙らせる圧倒的な演出。

 それをレイチェルはよく分かっている。

 だから大丈夫。


 花火の演出で空気が変わった。

 やっぱり、レイチェルは土壇場で大きく成長する。


「『Felicitatem tibi.』」


 一声。それに全てをつぎ込んで歌う。

 体はもうガタガタで、いつ崩れても可笑しくない。

 それでも歌うことが嬉しくて、幸せだ。

 ちゃんと伴奏も付いてきている。さすが私と同じ音楽馬鹿だわ。


「『貴女に会えてよかったと 宵闇に向かって私は叫ぶ』」


 貴女に出会えて良かった。レイチェルと出会ったのは、八回目の世界が崩壊する宵闇だったわね。

 ねえ、レイチェル。


「『白黒モノクロの世界を 変えたのは 貴女』」


 私にもう一度歌を歌わせてくれて、ありがとう。

 貴女が今世の私で本当に良かった。誇らしいわ。

 私は自分の行きたいように生きて、好きだった物に全力で挑んで楽しんだ。だから、ね。レイチェルも、もっと自由に、やりたいことがやれる世界に。

 レイチェルとダレンが好きなだけ本を大量に買えて、読書を堪能する穏やかな日々が来るように、願うわ。


 ああ、でも──。今度から私が二人を止められないのは、少しだけ寂しいわね。

 異世界あるあるだって、まだいっぱいあるのに。


「『重ね合わせた 思いは 忘れない』」


 ああ、レイチェル。さすが今代の私だわ。

 ちゃんと私の贈物ギフトがレイチェルに引き継がれている。大丈夫、姿は見えなくなっても、声が聞こえてなくとも──。


『私はずっと貴女の中にいるわ』


 だって私は貴女の前世なんだもの。

 またいずれ、阿迦奢図書館アカシックレコードの場所で会いましょう。


『おやすみ』

「そういう言い方はもっと狡いです。カノン様」


 そう聞こえた気がするけれど、私にしては悪くない幕引きだったと思う。


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