目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第67話 失ったものの大きさ

 二日目のロイヤルマーケットと、一般公開による披露会は、結果的に言えば成功した。最期の歌も演出だということで、誤魔化すことができたのだ。

 もっともカノン様が全ての毒を受けきってくれたので、私自身にダメージはない。ただカノン様を失ったショックで熱を出してしまい、三日目は延期という形を取ることになった。


「まあ、これだけの人を呼んでおいて、中止!? レイチェルは何を考えているのかしら」

「まったくです。我らを呼びつけておきながら、体調不良とはなんと情けない」

「王族の自覚がないのでしょうな」


 それに乗じて色々言ってくる王侯貴族を黙らせたのは、第二王子ローレンツ兄様と、第三王子ランドルフ王子、侯爵令息のエルヴィン様とセイレン枢機卿、そして国王陛下だった。

「娘の晴れ舞台を見に来て、その後謁見したら感動して知恵熱を出してしまったのでな。なんとも可愛らしい娘だろう」と、口添えして本当にカエルム領地に現れたのだから、レジーナお姉様を含めた貴族たちは口を閉じた。

 国王陛下が私を擁護するとは思わなかったのだろう。本来なら嬉しいことなのだけれど、今の私はカノン様を失ったショックが大きすぎて、ベッドから起き上がることができなかった。



 ***



 いつの間にか眠ってしまったらしく、気づいたら部屋は真っ暗で、明かりも付いていなかった。


(どのくらい寝ていたのかしら?)

『まったく、レイチェルはお寝坊さんね』

「カノン様!?」


 そう振り返るが、カノン様の姿はない。

 幻聴。

 そう思うとまた涙が溢れて、感情が上手くコントロールできない。泣いている場合じゃ無い。やらなきゃならいことがあるのに、どうしても心と体がバラバラになったようで動けない。


(カノン様が命がけで、この機会を作ってくださったのに……どうして私は──)


 カタン。

 寝室に人影が現れた。僅かに鉄の匂いと、本の匂いがする。


「……ダレン?」

「レイチェル様……体調はどうですか?」


 そう言いながら近づくダレンの足音に、違和感を覚える。

 足を引きずるような──。

 嫌な予感がして慌てて部屋の明かりを付けると、ダレンの姿に絶句した。


「ダレン!? な、何があったの!?」

「すみません、後処理が少してこずりました」


 ダレンの片腕と片足が捻れて、体全身が赤銅色の血がこびりついている。髪も乱れていて、いつものモノクルも歪んでいるではないか。いつにもなく弱り切っている彼の姿に、酷く胸が痛んだ。


「ダレン」


 またカノン様のようにいなくなってしまうのでは──そう思うと、慌ててベッドから飛び起きた。


「何があったの!? 今すぐ傷を──」

「レイチェル様」


 ダレンにそっと抱きしめられ、その温もりに安堵する。


「私はいなくなりませんよ」

「ダレン……」


 そう言われると、本当にカノン様がいなくなったのだと認めるしかなくて、また涙がこぼれ落ちた。

 大事だった。とっても大事で、私の進むべき道を指し示してくれた──大切な人。


「ふっ……」

「悪魔の嫉妬ナイトは、半殺しにして魔導書に封じています。いつか役に立つかもしれないと、以前にカノン殿が言っていましたので」

「うん……」

「……あの身代わりの術式は、私が施しました。私は──どうでもいい人間を、と提案したのですが」

「それをしたら怒るわ」

「でしょうね。カノン殿もそう言っていました」

「でも……」


 ダレンを強く抱きしめた。


「でもカノン様を失うぐらいなら──、そう思ってしまう自分もいるわ」

「強烈な方でしたからね」

「うん……。私にとって綺羅星そのものだったもの」


 微かに香るダレンの香りと、本の匂い。少しだけ気持ちが落ち着く。


「……レイチェル様。?」

「え?」


 顔を上げて、ダレンを見ると石榴の瞳が爛々と輝いていた。


「ダレン?」

「傷ついたのでしょう。なら心の傷を癒すべきです。他の雑音が入らないように、私と二人で本の好きなだけ読める場所に、逃げてしまうんですよ。そうすればもう失うこともない。その道を選べば貴女の死の運命を変えられる」


 ダレンの体はすぐに傷が癒えて、元に戻っていく。それはダレンが《魔導書の怪物》だから。でもそれ以外は違う。私だって、そうだ。

 カノン様の死に動揺しているのは私だけじゃ無い。ダレンは私が死ぬことを恐れている。それはどんなに繰り返しても、九回目のような奇跡のような時間軸がもう訪れないことを知っているのだ。


 だからダレンは自分なりに考えて、自分にできる提案を考えた。その気持ちは、すごく嬉しい。でもここで私が逃げ出したら、カノン様の思いを無駄にしてしまう。

 それだけは──。


「ダレン、気持ちは嬉しいわ。でも──」

「大丈夫です、レイチェル様。いえ、レイチェル」

「え?」


 石榴の瞳から目が離せない。怪しく煌めく瞳に吸い込まれてしまう。グレンが怖いと思うと同時に、ダレンの思う気持ちが嬉しいと思ってしまう自分がいる。だからだろうか、ダレンの言葉が正しいと思ってしまう。


「一緒に行きましょう。

「……………………………………うん」


 これ以上、傷つきたくない。悲しい思いをしたくない。そんな気持ちでいっぱいになって、楽なほうを選んでしまった。

 カノン様なら──。

 そう思うのに、カノン様との思い出が霧散して消えてしまう。


(カノン様……ごめんなさい。弱い私で……ごめんなさい)



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?