(そういえば、女神カノンが天上に還ったと報告にあった。再び女神を呼ぶため?)
私の顔を見て護衛騎士であり天使の一人サラフィエルは、僕の顔を見て「異母兄妹のほうだ」と言葉を付け足した。
「レジーナか。だが誰を……蘇らせる?」
レジーナが大規模な魔法儀式をしてまで、蘇らせたいという人物に心当たりがなかった。レジーナの性格上、自分中心と考えている。いくら考えても想像できない。いっそ強力な悪魔を傘下に収めたいからとかなら分かるが。
「おや、貴殿にしては珍しい」
「サラフィエル?」
サラフィエルは空色の長い髪に、オッドアイの瞳を持ち、体格の良い天使だ。騎士団の中でも苛烈かつ、ズバッと言う。白い羽に白銀の甲冑姿は、絵本に出てくる正義そのものを神格化したかのような姿だ。そう姿だけは。
同じ天使でも文官のシエル、護衛騎士のサラフィエルとミカエルではだいぶ雰囲気も異なる。唯一の共通点は、背中に羽根がある天使族だということぐらいだ。
公明正大、品行方正という天使の中の天使でもある。天使と契約している、たったそれだけで僕の好感度や支持率はグッと上がるほど、天使族の味方は心強い。
シエルとサラフィエルが僕と契約した理由は「気に入った」とだけ。契約を結んでいるため裏切る心配が無い、安心できる存在もである。王族であればあるほど、陣営に加える者たちを厳選し、家柄その背景、有益かどうか、人格なども含めて天秤に掛ける。
もっとも契約があるからと胡座をかく気はさらさらない。
「ここまで言えば、すぐに分かると思ったのだが」
「どういう意味だ?」
「お忘れですか。レジーナには年の離れた兄がいたではないですか」
「──っ!?」
その言葉に固まった。
まさか数年越しに、その存在を思い出すとは思いもよらなかったからだ。それと同時に側近だった男装姿がよぎる。
《|全《オール・》
「エドアルト・グレン・シンフィールド……っ!」
《|全《オール・》
そう何度も策を弄して、彼女はあの男を殺した。だがその代償として、彼女を道連れに手の届かないところに連れて行ってしまった。
あの時に、僕の心は完全に壊れたと思う。
母を奪われ、師であり初恋でもあった人を失った。だからあの日、僕の恋は永遠に叶わないものになり、愛という感情も消え去ったのだ。
(王になるのに、恋愛感情など邪魔になるだけだ)
母と、彼女との約束。
良き王になると誓った。
だから王になるべくして、公爵家令嬢と婚約は必須だったし後ろ盾も大事だ。国内だけではなく、国外での人脈も重要になる。それらの準備は着々と進んでいたのだ。
ふと話が飛んでしまったと思考を巡らせる。
「あの男を蘇らせる訳にはいかない。それで
「召喚によって降り立つ場所は四カ所。王都周辺、隣国を挟んだカエルム領地付近。……あとは帝国、共和国ですね。
王都が入っているなどあり得ないことだ。レジーナは慎重かつ、リスクを負うような無茶なことはしない人間だったはず。
そこに引っかかりを覚えた。しかしその理由はアッサリと判明する。
「それとこれは今さっき掴んだ情報だけれど、今回のお披露目会二日目にレジーナ陣営がレイチェル様に仕掛けたらしく、その結果、《魔導書の怪物》の逆鱗に触れたそうだ」
「なるほど……(三日目のお披露目会が延期になった本当の理由は、これか)」
お披露目三日目だということもあり、ロイヤルフェアが盛り上がったという印象が強い。体調を崩したと表向きの理由だが、暗殺未遂にあって負傷した可能性が高いだろう。だからこそ《魔導書の怪物》の逆鱗に触れた──と結びつく。
バラバラの情報だけでは、この答えには辿り着けないだろう。おそらくある程度の情報網を独自に持っている者なら分かるように、情報操作を行っている。なかなかにレイチェル陣営の
「それでレジーナが後先考えずに動いた、か」
「そのようだ。死にはしなかったらしいが、自慢の肌が一部石化しているとか」
(そのまま殺してくれれば、手間が省けたというのに……いやそうなると王位継承権争いで面倒になるから、あえて生かしておいた?)
ため息が漏れる。
問題は山積しているが、チャンスでもある。レジーナの暴走とも言える儀式を止めて国を守ったと国王陛下に報告するか、あるいは傍観してここぞと言うタイミングで登場して問題を解決。民衆や貴族の救世主になる──どちらが得をするか計算し、結論を出した。
どちらにしてもレジーナの目的は阻止する。
そして──。
(王になるためなら、多少の犠牲はつきものだろう)