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第75話 ローレンツ第二王子の視点2

 父上、いや国王陛下が提案した国潰し遊戯タワーオフェンスゲーム開催は、ずっと望んでいたものだった。王位継承権を争って決める代理戦争のようなものだ。

 そのためにも遊戯ゲーム開始までに、各陣営にどれだけ人材と財力、武力などが揃っているかによって勝敗が決する。つまり国潰し遊戯タワーオフェンスゲームの開催通知がされた瞬間から既に戦いは始まっていると言っても過言ではない。


国潰し遊戯タワーオフェンスゲームが開催されるのは、あと一二年先かと見積もっていたが、ここでか。開催場所は通常王都だったはずなのだが、指定してきたのはカエルム領地だ。あの土地の正式な所有者は僕だが、それでも先の歌姫──いや聖女レイチェルと新たな女神の到来によって、第五王女レイチェルが『カエルム領地の主人』だと印象付けられた可能性は非常に高い)


 最初はカエルム領地の利益が手に入ると喜んでいたが、ここ数カ月の間に恐るべき成長と進化を遂げたカエルム領地は、お披露目会以降、『愛と音楽の都市カエルム』あるいは『音楽都市カエル』と呼ばれている。

 名の由来は音楽の神に挑んだレイチェルの武勇伝もあるが、それ以外に中央公園の舞台では毎日、音楽家を目指す者たちが自分の演奏を披露する。一人につき、一曲まで披露が可能らしい。歌劇場、オープンカフェの人だかりも多く、それ以外にも観光名所としても人気があると報告を受けた。


「展望台で告白してオーケーが貰えると、空に花火が打ち上がるんですよ! すごい演出ですよね!」

(感知識魔導具と、爆発魔導具をそんなことに使っているのか?)

「カップル限定のメニューがあってですね、それがまた美味しいし、彼女ともラブラブで最高です」

「カノン大浴場、カノン中央公園……天上に還られた女神様のグッズや名所がすごいことになっていました。あ、このブックカバーは、スタンプラリーで貰った景品です」

「領主代行と人外である侯爵家次男との異種族の恋……萌えると、種族を超えたカップルがカエルム領地に移り住んでいるそうです」

(……)

「願いを唱えながら硬貨を噴水に投げて、噴水中央の女神カノン像の手に乗れば幸運が訪れるっていうの、興味あったんでやってみたんですけれど、成功したら一定時間に付与魔法が掛かっていたみたいなんです。それで俺の持病が治ったんですよ」

(王都にもない観光名所を作り、しかも噴水に投げられた硬貨は孤児院に寄付……。調べれば調べるほどカエルム領地の特性を活かした地域復興を行っている。カエルム領地の経済が潤えば僕にも利点があるが……今後、レイチェルが領主となれば、その莫大な財産は彼女の物。……いや、一国に比べればはした金だ。レイチェルが僕を支持している間は問題ない)


 そう思ったが兄妹だから、血の繋がりがあるから心配いらない──などと盲目的に信じることはない。第四王子ペーターがレジーナに鞍替えしたのも最近のことだ。

 ましてレイチェルとは今まで兄妹として接してきたことがないし、助けるようなこともしなかった。過去に恩を売っておけば良かったと、後悔することになるとは。


(……今更だな。僕は妹の誕生日や祝い事に一度も贈ったこともなかった。ランドルフは感情的だが情に厚い男だ。アレがレイチェルを気に入り、レイチェルが看過されて僕と対立する道を選べば……勝てるだろうか?)


 今はまだ味方だが、


(…………いや、落ち着け。冷静にメリットとデメリットを考えろ)


 今、カエルム領地の定期的に入る収入を失うのは得策ではないし、何より下手に手を出せば人外が黙っていないだろう。情報ではあの《魔導書の怪物》は悪魔よりも強いという。


「正確に言えばこちらの世界での活動領域が、群を抜いて強いからでしょうね。悪魔や我々天使は、制約や契約に対する対価が必要になる。でもあの怪物はそれを契約者に求めない」


 天使のシエルがまたしても僕の心を読んで答える。そのことに不満を覚えつつも「それって反則なんじゃ無いのか」と言い返す。なぜあの怪物だけが対価や制約も無いのか。


「本気で愛しているから。天使も悪魔も──人外は愛する者に対して執着と溺愛の度合いが可笑しいですからね。ただ気に入ったとかではなく永劫に近い時の中でたった一人、愛する存在を、ツガイを得ると言うことは奇跡のようなもの。愛する者に対価など求めない。己ができる全てをもって相手を愛する。人外の愛はそういうものですから」

「それはなんとも重い愛情だな」

「ええ、ですから上手くいかずにお互いに壊してしまう者もいましたよ。幸いにも《魔導書の怪物》の精神は安定して順調に愛を育んでいるようです。人外として羨ましい限りです。本当に」


 ウットリとしている天使シエルは、ロマンチストだ。白羽根をバサバサ揺らしながら、愛を語る変態だ。白銀の長い髪に整いすぎる顔立ち、文官なのになぜか聖職衣を着こなす男ではあるが、能力、人格的にも恋愛が絡まなければ人畜無害かつ超有能である。

 残念なことに人外恋愛や異種族恋愛が大好物で、この間のお披露目会では孫を見守るような顔でレイチェルと《魔導書の怪物》のやりとりを見ていたとか。それとレイチェルの護衛騎士シリルが女神カノンと恋仲らしいと気づき、そちらでもテンションを上げていた「いやー、カエルム領地、実に、実に素晴らしいです。あの領地、異種族恋愛がオープンですし、恋愛相談窓口とかあるんですよ!」と、本気でカエルム領地に住むんじゃ無いかと思い始めている。


「シエル、まさかだと思うけれどカエルム領地に引っ越しなど」

「考えていませんよ」

「そうか。よか」

「すでに別荘を買っていますから」


 前言撤回。コイツはすでに恋愛脳に侵食されていて、使い物にならないかもしれない。そのうち「恋をしました」とか良いそうだ。

 頭が痛くなった。


「ローレンツ、君の妹の一人が悪魔を使って恐怖の四騎士メトゥ・フォーホースメンを呼び出そうとしているのは聞いているか?」

「は?」

「なんでも蘇らせたい者がいるとかで、大量の魂を得るためだとか」


 一瞬、なぜレイチェルがそんな馬鹿なことを考えたのか、と頭がさらに痛くなった。


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