国王陛下が提案した
「うううん。これって新たな嫌がらせなんじゃ……」
「ああ、そのことならカエルム領地の正式な領主はローレンツ王子ではないですか」
「あ」
すっかり忘れていた。
それを聞いてテーブルの上に突っ伏してしまう。はしたないと言われても許してほしい。ダレンがクッションを差し出してくれたので、枕にさせて貰った。
「そうでした……。すっかり私の領地の気分でいました。これでローレンツ兄様が王太子として一歩近づいたのなら何よりです。はい、解散」
「いや。それでいいのだろうか」
シリルが魔導書を大事に手にしながら意見する。今回は護衛騎士のトップとして席に座って貰っていた。ちなみにマーサとダレン、シリルが会議に参加してランファたちが護衛に付いている。
セイレン枢機卿、武器屋ウルエルド様は方針が決まった後で相談予定だ。
「というと?」
「周囲にはカエルム領主ローレンツ王子と、領地代行レイチェル様の一騎打ちだって思うんじゃないか? というか俺はそう思ったのだが」
(なあああああああああああああああーーーー)
再び私は枕に顔を埋める。
「私に抱きついてくださればいいのに」と隣に座るダレンの呟きが聞こえて、ちょっと嬉しくなったのは内緒だ。今そんな甘い雰囲気でもないので、気持ちを引き締める。
「ううう……」
「レイチェル様。発言をしても?」
「マーサ! ええ、どうぞ」
「幸いにも期間は三カ月あります。各陣営が大々的に動き、王位継承権を持つ王子王女たちの水面下のぶつかり合いも、より苛烈になるのではないでしょうか」
「そうね。特に第二王女レジーナ姉様が一番の強敵となるわ」
思えばカノン様を消滅させたのは、悪魔の
「間違いなく
「レイチェル様は、どのように対応を求めますか? 護衛騎士の最高責任者としてどう思われているのか、教えてほしい」
「私も、今後の社交界での振る舞いも考えなければ」
「レイチェル様、私はどのような答えを出しても従いましょう」
三人それぞれの言葉で、私を信じて支えようとしてくれる。カノン様が巡り合わせてくれた、途切れず繋いだ縁。
「(今までは暗殺者が来ても大元の
「「「!!」」」
きっぱりと「レジーナ王女を潰す」と宣言した。
それに対してダレンは喜び、シリルは深く頷いた。マーサは少し驚いていたが、反対はしなかった。
「こちらが回避を続ければいい、なんて考えが甘かったわ。私は大切な陣営の皆を守る義務がある。だから私の大切な者に手を出した報いを受けてもらう」
「お任せください。既に七つの大罪の
「暗部に早速連絡を入れましょう」
「では私もそのように」
「ええ。一つずつ陣営の戦力を剥がしていくわ。そうね、犯人はローレンツ兄様、ランドルフ兄様だと思わせるように誘導もすれば、時間も稼げるでしょう」
私は今回の一件で、心に傷を負ったと吹聴させるのもありかもしれない。誤情報で撹乱も考えつつ、どう動くべきかいくつもの
「
「レイチェル様。ご無理はしていませんか?」
思わずマーサに心配され、私はできるだけ心配を掛けないように笑った。
「大丈夫よ。十分悲しんで、嘆いて逃げ出して、それで立ち上がっているから」
「は、はあ」
次の王はどのような人物なのか、それを分かりやすく見せるための
「この遊戯が知らされる前に、ランドルフ兄様と交渉する機会が合って良かったわ」
「そうですね。……レイチェル様」
「なに、ダレン?」
二人きりでないときは『様』を付けるようだ。そういう切り替えがしっかりしているところが、凄く良いと心の中で賞賛する。
「玉座を狙う気はないと?」
「ないわ。だって面倒だし、私はカエルム領地の領主がちょうど良いと思うのよ。そうしたら、ダレンとも旅行やデートも沢山できるし、趣味の読書の時間も増やせるでしょう」
「そうですね。実に貴女らしい。それでこそ私の愛する方です。貴女は地位や権力よりももっと大事で、大切なものを見つけた。生き残るだけでは無く、その見つけたことが、私は嬉しい」
「レイチェル様らしいな。俺に異論は無い。どこまでもついて行きます」
「本当に……現在のレイチェル様であれば、手が届くことも夢ではありませんのに。でもそうですわね。以前の王城とは違って、この領地でしてきたことを領民たちは見てきた今、こここそがレイチェル様の居場所なのですから、その答えは当然の帰結ですわ」
私の考えに賛同して貰えてホッとした。
「ところでローレンツ王子は、信用して大丈夫なのですか?」
「ふぇ?」
唐突にダレンの意見に、思わず変な声が出た。まさかそこを疑われるとは思わなかったし、ローレンツお兄様が国王になることが良いはずだ。
「私としては王位継承第一位で適任だと思っているけれど、ダレンは何か気になることがあるのかしら?」
「正直に言ってレジーナ王女と大差ないかと。いざ自分よりも王位にふさわしいと周りが認め、あるいは国王がそう望んだ瞬間、躊躇いもなく刃を向けてきそうな人種です」
「それは……」
否定しようにも、私はローレンツ兄様に対して否定できるだけ材料もなければ、信頼もない。ただ血が繋がった兄妹という一点だけ。けれど王位継承権争いでは、その血の繋がりは意味をなさない。兄妹として仲が良かった記憶も無いのだ。
(たしかに今は味方だけれど、頭角を現した私の本音を聞いてきたぐらいには警戒している。でも今、王位継承権を放棄しても、レジーナ王女は私を生かしておこうとは考えていない。最悪なのは、レジーナ王女、ローレンツ兄様、ランドルフ兄様を一気に相手取ることだ。
「とりあえずローレンツ兄様と話し合いの場を設けて、
「そうですわね。まずは交渉の場を設けるように先触れを出しますわ。ランドルフ様も同じようにして?」
「マーサ、そのあたりのセッティングは任せたわ」
「かしこまりました」
マーサは早速席を立って準備に取りかかった。次にシリルが立ち上がる。
「じゃあ、俺は護衛の強化と、暗殺部隊と連携。殲滅する順番とリストはダレン殿がまとめてもらえるだろうか」
「分かりました。こちらの戦力が欠けるような戦い方は好みませんので、戦力に見合った割り振りも後で詰めておきましょう」
「だな。誰一人、捨て駒にしない。俺はそのスタンスがすごく気に入っているから。だからレイチェル様について行こうって連中が多いんだ」
「シリル」
手に抱いている魔導書を大切そうに撫でた。
「俺は大丈夫だ。ここに花音様の思い出も、やりとりも、助言も、全部ある。それにあの方はレイチェル様でもあるのだろう。俺は剣だからな、俺にできることをするし、死ぬ気もない」
「ええ。頼りにしているわ。それと武器関係ならウルエルド様にも声を掛けるようにして差し上げて」
「了解」
パタンと扉が閉じた後で、「あの魔導書で……カノン殿とやりとりができる?」とダレンは少し不思議そうにしていた。
「たぶん、あれじゃない。シリルが書き記した文字、あるいは言葉に対して予めカノン様が答えを書き記していて、反応する的な」
「あの方なら確かにやりかねない。あるいは……」
「あるいは?」
「あの魔導書を媒介に、
「まさか」
「ですよね」
あははは、とお互いに笑っていたけれど、その後黙り込んだ。私のダレンもカノン様なら、ありそうと思ったからだ。