カエルム領地へ帰りは、馬に乗って急行した。表向きは。実際はダレンが私を抱えて、転移魔法で瞬時に戻ったのだ。シリルと数人の騎士たちも後追いで転移魔法を使っている。
馬に乗ってカエルム領地に向かう影武者も用意している。途中でダレンが暗殺者や刺客が居ることに気付いたので、安全のため転移魔法を使ったのだ。
戦力を見積もって残った影武者は、一流の元暗殺者や騎士なので大丈夫だろう。ランファやディルク、フウガもいるので戦力的に十分なはず。
「魔物の襲撃?」
戻って早々、セイエン枢機卿からの面会に応じた。一応、まだ戻っている途中なので、秘密裏に会うことが決定した。会合場所は行きつけのカフェ(私の出資の一つ)を貸し切りにしてもらうことに。
「レイチェル様、お忙しいところ申し訳ない。彼女が以前話をした予知をした少女レインです」
「は、はひめまして!」
彼女は私とダレンが気に入っているカフェの店員さんだった。働き者で助かっているとオーナーが話しているのを聞いている。確か貧民街救済対策のリストにいた子だ。赤紫色の髪に、アメジスト色の瞳は珍しい。
「ヴィー?」
「ち、ちがいます? 私は……レインと言います」
「ヴィーだ。間違いない」
「どうしましょう。話が通じない」
着いてきてしまったウィティス様は、目をキラキラとさせてレインを見ていた。どうやら神の色がヴァイオレット様に似ているらしい。
「あー、えっと。ウィティス様、レインの隣に座って良いので、すこーーーし黙っていて貰えますか」
「なぜ、私が我慢をしなければならない?」
「そうですね。今までリスティラ領地内にいるのであれば、それでも良かったでしょう。でもここはカエルム領地で私はその領主代理です。私は私のすべき役割と義務があります。ウィティス様が今後、私の領地内で人間関係を築いていく気があるのであれば、ある程度他者に合わせるなど空気を読んで、自分の気持ちを最優先することを控えていただく必要があります」
「私には関係な」
「また繰り返す気なら、もう何も言いません」
「……」
それは少し強い語気で伝えた。
大切な人を失った後で「ああしておけばよかった」なんて思っても意味は無い。失ってしまった事実は変わらないのだ。だから私にできるのは、「次は、そうならないように努力すること」だ。
「私は……もうカノン様を失うような悲しみを繰り返すつもりはありませんから、ウィティス様はどうしますか。失ってからまた後悔して数百年、考えて待ち続けますか? 独りで」
「……それは、いやだ」
ウィティス様は納得できないという顔だが、ヴァイオレット様を失った時を思い出したのか、ちょっとだけションボリしていた。ダレンは凄く嬉しそうな顔をするので、どれだけウィティス様に対して警戒というか嫌っていたのかが分かってしまった。
(負けたのが、よっぽど悔しかったのね)
ひとまずウィティス様が大人しくなったので、話を戻す。セイレン枢機卿が空気を読んで、レインに話を振る。
「レイン、予知の話をしていただけますか?」
「は、はい。……その……怖い夢を何度も見たのです。一つはカエルム領地や王都が疫病で沢山の人が死ぬこと。特にその夢は毎回似ているのですが、皆亡くなってしまう。傷ついて、薬や薬師も……いない中で、そのレイチェル様がいつも頑張っていた……ことだけは覚えています」
「私を?」
「はい!」
もしかしたらその夢、予知は『九回目までの死に戻りの記憶』ではないか。私以外にも朧気に死に戻りの記憶を、断片的に覚えていても不思議ではない。本当に予知の可能性もあるけれど。
ダレンに視線を向けると、私と同じことを考えていたのだろう。
「私にとって希望の鍵はレイチェル様なのだと思います。そして……」
「魔物の暴走」
「はい……。カエルム領地だったかは覚えていないのですが、街に魔物が溢れていました」
「魔物の種類、特徴は覚えている?」
そう尋ねるとレインは驚いた顔をしていた。何か変なことを言ってしまっただろうか。
「あの」
「なにかしら?」
「……どうして私の話を信じてくださるのですか? 私はただの……平民なのに」
「確かに身分によって役割や立場があるけれど、助言をくださるのなら、そこに身分差など関係ありませんよ」
「……っ、聖女レイチェル様」
「へ?」
「貴女様のような方こそ、聖女様にふさわしいです」
「あ、りがとうございます」
今のやりとりでどうして聖女認定されたのかよく分からないけれど、目の前に座っているセイエン枢機卿や護衛騎士たちも深く頷いていた。なぜに。
「あ、えっと……、そのそれで魔物の種類などは?」
「ハッ、そうでした。……黒いその虫と、ゴブリンがたくさんでした」
「黒い虫……
ひとまず魔物大量発生のことを考えて、防衛戦を想定しなければならない。カエルム領地に入る際に、砦や関所はあるが、そちらの備えはまだ心許ない。
戦力自体は多少あるけれど、十分に配置できるだけの余力は無いだろう。
(せめて魔物がどの方角から来るのかが分かれば、対策のできる)
話を聞いた後は、カフェの季節限定イチゴムースを実食。
(頭を使う時は甘いもの)
「レイチェル様、こちらの抹茶ムースもいかがですか?」
お茶タイムとなると、ダレンは有能執事から一変して婚約者モードになる。身内のはダレンとエドウィンは同一人物だと公言しているので、遠慮がない。
レインもいるのだけれど、彼女はこのカフェの店員なので「いつも仲良しですね」と裏事情を把握しているようだ。
そんなこんなで、予想以上に糖分を摂取した気がする。ダレンが上機嫌なので、それは良いのだけれど。
解散の前に、レインには軽くウィティス様のことを説明して、一応神様というよりは
「ヴィー、友人になってほしい」
「……それはかまいませんが……その一つ条件を言っても良いですか?」
「もちろん」
キョトンとしたが、ウィティス様は鷹揚に頷いた。現在外見は五歳児なので、多少トンチンカンなことを言っても子供で人外だからで押し通す。
「何を望む? 金貨の雨を降らすことも、田畑を豊かにすることもできる」
(…………今の一言で、かつて何を人から頼まれ、望まれたのかの片鱗が見えた気がする。レインは何て答えるんだろう?)
「私のことはレインと呼んでください。私は今の私の名前がすごく、すごく気に入っているのです」
「……!」
そう言われてウィティス様は衝撃だったのか、少し固まっていた。
(レインが良い子でよかった!)
「……そういうハッキリ言うところも、心に響くのも久しぶりだ。…………分かった、レイン」
「はい。ウィティス様!」
名前を呼ばれて、ウィティス様は顔が真っ赤になっていた。本人は気づいていなかったようだけれど。
(これはもしかして、私の小槌は不要そう?)
二人は友人となって、シリルが引き続き護衛兼お守りをすることが暫定した。なんか仕事を増やしてしまった気がするので、後でフォローしておこう。
「これでレイチェルへの興味関心は消えますね」と満面の笑みを浮かべていたダレンはぶれないな、と少しだけ感心してしまった。