話を聞くと、第二王女レジーナが教会で治癒魔法をかけて病を癒しているそうだが、貴族など裕福な人かららしい。薬などの処方箋などはなく、王都に残っている薬師の殆どは貴族のお抱えのみだとか。
『レジーナ王女の魅了を使って、過労死するまで薬師に仕事を振っていたそうです。魅了の薄い薬師たちは王都から離れて──殆どがカエルム領地似集結しています』
「へ?」
思わず変な声が出てしまった。どうしてカエルム領地に集まったのか。不思議がっているとセイエン枢機卿は「レイチェル様がいたからですよ」と言い出した。私が居ることでどうして薬師が集まるのか。小首を傾げてみたが分からないままだ。
『月に様々なイベントを行ったことで興味を持ち、ふらっと訪れた薬師が多く、領地内での職場環境として福利厚生も整い、物価も安いなど口コミが広がったことで増えたのです』
(し、知らなかった……。いや、毎月の薬の品揃えや品質、衛生管理、種類も豊富になっているとは思っていたけれど、人が増えていたなんて……)
「レイチェルの新たな取り組みや、労働者に対して飴と鞭もしっかりした制度を取り入れたのですから、当然でしょう」
途中でダレンが自慢気に話しているが、私の思いつきから、カノン様とダレンが現実的な部分に落とし込んで、マーサたちが色々手続きしてくれたことでできあがっているシステムなのだと声を大きくして言いたい。
私だけでは絵空事。それこそカノン様風に言えば『絵に描いたモチ』だっただろう。
(本当に周りに恵まれているわ)
ひとまずカエルム領地が無事であることが分かってホッとした。しかし王都で病人が増え続けていることに対して、薬や薬師が圧倒的に足りないのは事実だ。
本来なら国が動くことなのに、国王陛下は何をしているのか。
「もしかして
「あり得ますね。あの第二王女は王都の教会支部を牛耳って治療をしているようですし、第二王子もなんらかの手を打っているはず……」
(ついにダレンが名前すら呼ばなくなったわ。まあ、私も兄様、姉様呼びを止めたけれど)
『第二王子ローレンツ様ですが、王宮治癒士や薬師を総動員して準備は行っている様子です。が、どうにも第二王女レジーナ様の治癒魔法の限界を見計らっているところが気になっていますね』
「は? 準備が揃っているのに、より効果的なタイミングを待っているってことかしら?」
『おそらくは』
「何を考えているの? いくら
助けられるのに助けない。その考えに心底腹が立った。
「至急、カエルム領地に戻りますわ。そして私たちができることを最大限しましょう。セイエン枢機卿、病人の受け入れる拠点と物資などに問題は?」
通信の向こうで笑ったような声が耳に入る。
『いいえ、ありません。貴女様ならそう言っていただけると思いまして、準備は進めておりました。今回は共同事業者としてではなく、カエルム領主代理を任された者として、カエルム領地に赴任した枢機卿にご下命ください』
「疫病の特定は?」
『できております。薬も既に十分なストックがありますし、薬師も充実しております』
「感染経路は確定している?」
『空気感染ではなく、傷口から発生しているのと、免疫力がないものが罹りやすいでしょう。そのため受け入れ拠点は、カエルム領地の北にある開発予定となります。ちょうど土地を整えて建築物を建てるところでしたので、仮設住宅を建てる場所としては問題ありません』
「マーサと連携を取って、王都及び周辺領地の患者の受け入れを許可します。薬師の方々には負担が増えるかもしれないけれど、彼らが倒れてしまっては本末転倒だわ。そのあたりのスケジュール調整もしっかりお願い」
『心得ております。それと……王都を様子見していた時に、予知めいたことを口走る少女と出会いましたので戻りましたら、一度会っていただけないでしょうか?』
予知めいたこと。
セイエン枢機卿が言うのだから何かあるのだろう。私は了承し、通話が切れた。一気になることが増えた。これでは婚前旅行やリスティラ領地の復興話は一時中断、あるいは代役を立てる必要がありそうだ。
「では私が残りましょう」
「ダレンが?」
たしかにダレンなら、どうとでもなるはず。それが最善だと思うのに、なぜかダレンには傍に居てほしいと思ってしまう。それは領主代行として正しい判断なのに、言葉が続かない。
「……いってほしくない」
「リスティラ侯爵の次男のエドウィンとして、分身を残しておきますので、大丈夫でしょう」
「へ?」
「おや? 私自身がレイチェルの傍を離れると?」
「それは……」
にっこりと笑っているのに、目が怒っている。久しぶりに背筋が凍るような突き刺さる視線だ。
「(あ。これは言い方を間違えると後々まで響く感じのものだわ。カノン様もダレンが人間味を感じた頃から、ちょっと面倒な執着を持つって言っていたもの。こういうときは単刀直入に)ダレンには、私の傍を離れないでほしい」
「もちろんです」
(正解だった!)
ダレンが傍に居てくれる。そのことにホッとしつつも私たちの婚前旅行は中断となった。もっとも私とダレン(周囲にはエドウィンに見えている)と一緒に居る姿を見たリスティラ領民たちからは、好印象だったとか。
思っていたのとは違う結果となったが、リスティラ領地の復興の足がかりになったこと、森の神ウィティス様と懇意になれたことも含めて上々の成果だったと思う。
のちに私が考えたドッジボォールとヤキューが爆発的な人気を出し、リスティラ領地はあっという間にアミューズメント都市として盛り上がるのだが、それはまた別の話。