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22、華山派道士と惚気の洗礼

 謁見の間である拝龍殿はいりゅうでんは、皇帝の権威を象徴する壮麗な空間である。


 高い天井には鮮やかな色彩の塗料や金箔、彫り技術で、天界が描かれている。

 「この場におわすのは天に認められ、見守られし皇帝であるぞ」という演出だ。


 床は磨き抜かれた大理石で、中央に敷かれた絨毯は毛足が長く、ふかふかだ。


 皇帝が座る玉座は金と黒を基調とした装飾が施され、背面には天を支える龍が大きく彫り込まれている。

 隣には、華凛かりんが座るために用意された皇帝妃の椅子もある。皇帝ほどではないが、立派な椅子だ。貴き姿を隠すための珠簾みす付きである。

 皇帝、滄月そうげつは、まだ入場していない。


 公式の場での進行を担当する役職である典儀官てんぎかんが声を上げる。


「皇帝陛下の御后、華凛妃様が、拝龍殿へお入りなされます」


 集まっていた官吏が一斉に頭を下げ、衣擦れの音が空間に溢れる。

 そんな中へ、華凛かりんは一歩踏み出した。


 祥瑞しょうずいを表す鳳凰ほうおうをあしらった袖を振り、柔らかな光沢を放つ披帛ひはくをふわりと揺らして歩みを進めると、視界の端に『賓客ひんきゃく』が見えた。


 ――華山派だ。


 『正派』華山派は、人間という枠を越え、不老不死の仙人となることを目指している。全員、清く正しくひたむきに自らの心身を鍛え上げている求道者だ。女性の色香に惑うと仙人になる道が遠のくので、女色禁止、という噂もある。

 質素で実用的な道服を身に纏い、筋骨隆々としていて、周囲の空気が澄んでいるような気もする――、


(あら?)


 華凛かりんはふと、足を止めた。


 清浄な気配を纏う華山派道士の集団なのに、どことなく影が落ちたように陰鬱な印象を感じる。

 「なんとなく」としか言えない不思議な感覚だ。


(いけない、あまり気にしていると不審に思われてしまいますわ)


 はっと冷静になり、華凛かりんは椅子に着座した。皇帝妃としての威厳を示す大ぶりの簪から垂れる白翡翠の飾りがしゃらりと涼やかな音を奏でる。

 小さな音なのに、大きく響いたように聞こえて、華凛かりんはどきどきした。


 典儀官てんぎかんは、続いて皇帝滄月そうげつの入場を告げた。


 皇帝滄月そうげつは本日も威風堂々としていて、雄々しく美しい。 

 漆黒の皇帝衣には皇帝の権威を象徴する天翔ける龍の意匠が凝らされ、帯は銀糸の波模様で飾られている。

 重厚な冕冠べんかんの珠飾りは歩むたびに揺れ、その下の怜悧れいりな眼差しは華凛かりんを見て満足げに微笑んだ。


みなの者、楽にせよ。本日も我が夏国かこくの天女皇妃は実に麗しい。そうは思わぬか?」


 耳に心地いい美声が発した言葉を、華凛かりんは一瞬聞き間違いかと思った。


 色香に溺れるのを厭うであろう清廉な修行者と臣下の前で、現れるなりその言葉では――まるでいにしえの言い伝えにある「あやかしの狐が化けた傾城の美姫にたぶらかされた昏君こんくん」を彷彿ほうふつとさせるではないか。


 華凛かりんはこっそりと夫を案じた。





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