父と母――皇帝と皇妃が華山派をもてなしている間。
三歳の
穏やかな天候。
過ごしやすい室内。ご機嫌取りの玩具に果物。
けれど、皇子の心は雨模様。
教育係の
けれど、あやすのは苦手だった。
人には向き不向きがある。
宦官の
「
床に膝をついて視線を下げながら、脳内ではなぜか辞職願いの文面を考えてしまっている。
辞職しても他の仕事の当てはない――。
「やぁだ」
「文字を書く練習をいたしましょう。まずはお母様のお名前を書いてみるのはいかがですか。殿下の大好きなお母様ですよ。お絵描きをなさっても構いませんよ」
「やぁーだぁー」
自分は去勢され、子供を作れない。
皇帝夫妻や皇子の世話をしていると、そんな自分が自覚されてならない。
性的な器官をなくしたことで心身が不安定になる症状があるので、そのせいかもしれない。
宦官とは、繊細で歪な生き物なのだ。
どこか満たされないものを抱えていて、しかし発散できない。
同僚の中には、侍女と良い仲になり、昂る衝動のまま女体を舐めたり撫でまわしたり……噛みついて相手を傷つけてしまう者もいる。
心というのは不確かなもので、気づいたら暴走するし、病む。
自分もおかしくなってしまうかもしれない。
それなのに、国家の至宝である世継ぎの皇子の世話をしているのだ。
恐れを感じながら、瑞軒は平静を装った。
「殿下、さあ、こちらへどうぞ」
紙と文筆道具を文机に用意して呼ぶと、「やだ」と言いつつ
侍女が明るい声を上げる。
「殿下が筆をお取りになったぞ」
「まあ殿下。姿勢が素晴らしくお美しいですわ」
「格好いいですわ、殿下」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ぼくを褒めたいのか。
なら、褒めさせてあげりゅ。
褒め係だ。
この大人たちは、ぼくが筆を転がしても褒める。ぼくがえらいからだ。
「むん」
口を真一文字に結んでシュッと筆を動かすと、「気迫がすごいですわ」と侍女が褒めてくれる。
ちょっと気分がいい。
教育係は侍女たちと一緒に筆運びを見守り、「ほう」と唸る。
「これは……
「――え?」
さも理解者のようなしたり顔で語る
「……これは! おかあさま! なの!」
「――あっ……」
ぼくは、おかあさまを、うちゅくしく描いたの!
めやしゃと間違えるなんて、ゆるさない!