何のことはない。契約だ。
俺はゲーセンに通う男で、
それなりに腕が立つプレイヤーだ。
格闘ゲームで忍者を使っていて、
オンラインでちょくちょく戦っている。
あっちこっちで戦っている俺のことを、
ちょっとした伝説にしている奴がいるらしくて、
まぁ、俺はそれでもかまわない。
ある雨の日のこと。
俺はいつものように、格闘ゲームで忍者として戦っていた。
CPU相手なら、間合いのドットも読み取れる。
負けることはない、ただ、これは訓練だと割り切って。
そこに、乱入。挑戦者。
誰だと思うと、見知らぬおじさん。
あろうことか、コマンドいれて、
対戦使用禁止のボスキャラ出しての乱入だ。
俺は、不覚にも高揚した。
相手がどの程度の腕前か知らないけれど、
そのくらいしないと、興奮しない。
相手はボスキャラ、不足なし。
格闘ゲームに不感症になっていた俺を、
ぞわぞわ刺激してくる。
相手の腕前は、申し分なかった。
ギャラリーも少ない雨の日。
俺とどこかのおじさんは、
コインが切れるまで戦った。
こんなにぶっ続けで戦ったのは、
えらく久しぶりかもしれない。
俺は、千円札を崩そうか考えながら、
とりあえず、ジュースを買いに席を立つ。
「おごるよ」
かけられた声は、さっきのおじさん。
「雨宿りにきたら、いいものに出会えたよ」
「雨宿りって腕前じゃないですよ」
俺はそう答える。率直な感想だ。
「まぁいいじゃないか、何を飲む?」
「コーラ」
おじさんはコーラのボタンを押して、
がこんと出てきたそれを俺に渡す。
「君を雇いたいといったら、どうする?」
「はぁ?」
おじさんは、面白そうに俺を見ている。
「私がコインを渡す、そのコインの分、君は勝利する」
「それでおじさんはいいの?」
「これだけの腕前を見ることが出来るなら、安いものだよ」
「ふーん…」
俺はちょっと考える。
「無論、勝利数に応じて、上乗せをするよ」
「のった」
俺とおじさんは握手をひとつ。
何のことはない。契約だ。