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第245話 学生は無茶をする

なんだったんだろうな、あの頃の無茶し放題は。


とにかく学生時代は無茶をしていた。

それはもう小学生からで、

遊べるだけ遊びつくすほど、

体力が続く限り遊ぶような無茶をしていた。

そんな風に遊んでいたものだから、

宿題に使うような体力は使い果たしていて、

舟をこぐような感じで、

よれよれの文字で宿題をしていた。

加減ってものがあるだろうと思うけれど、

とにかく無茶をしていた。

また、小学生ともなれば、

大人から止められていることを片っ端からやって、

ものすごく怒られたこともあったし、

ものすごく危険なこともあった。

そうして覚えていくと言えば聞こえがいいけれど、

一歩間違えたら大事故か、

あるいは生きていなかったかもしれない。


中学高校になってくると、

夜更かしで無茶してくるようになる。

大人向けの番組は深夜にやっているから、

今の見逃し配信じゃなくてしっかり見るとなると、

夜中に起きていることになる。

また、インターネットで通信するのは、

深夜が多くて、通信が盛り上がるものだから、

夜更かしの度合いはどんどん加速していく。

ゲームも楽しいものだから、

深夜までゲームにどっぷりということもある。

おかげで学校ではフラフラになっている。

それでもよく学校まで行けたなと思う。

大人になってから同じくらいの睡眠時間だとしたら、

体力が回復しなくて起きることすらできない。

若い故の化け物体力だったのかなと思う。

ものすごく無茶をした。

でも、その無茶すら楽しかった。


大学生になると、

バイトをしながらとか、一人暮らしをしながらになり、

実家ではできなかった無茶な生活をするようになる。

節約のための無茶な食生活とか、

体力の続く限りのバイトの掛け持ちとか、

それをしながらの大学の単位を取るとか、

さらに大学生ともなれば、

酒も飲める年齢になってくる。

その生活をしながら、

さらに飲み会が頻繁に入ってきて、

本当に加減を知らない飲み方をして、

道路で倒れ込むなんて言う無茶なこともした。

生きている国が日本でよかったと、あとになって思った。

治安の悪い国だったら、

今こうして生きていられるかも怪しい。


とにかく、学生時代は無茶をしてきた。

大人になってから、学生時代の無茶は、

学生時代の特権なんだなと感じるようになる。

有り余る若さと体力、

止まらない好奇心。

なんでも挑戦してみたい気持ちも止まらない。

それらが明後日の方向に向かいがちなのが、

学生時代ということだったんだと思う。

そして、学生時代は、

大人に守られている時代だったんだなと思う。

大人の作ってくれた箱庭の中で、

学生の僕らは騒ぎながら無茶をして、

僕らの加減というものを学んでいく。

いきなり世界に飛び出して無茶をさせてしまっては、

学生の僕らは耐えられない。

だから、大人たちが守ってくれている時間があった。

その箱庭を窮屈だと思うこともあったけれど、

あの箱庭があったからこそ、

僕らはいろいろなことを学べたのだと思う。


大人になった僕らは、

僕らよりも若い学生が、

何かしら無茶をしているのを見る。

あの頃僕らを見ていた大人も、

こんな風にハラハラしていたのかなと思う。

それはまずいとか思うし、

やめとけと思うこともある。

学生がなかなかそれを聞き入れないこともわかっている。

僕らは、そんな学生たちが失敗してしまったときに、

ダメージを少なくして、

次につなげることを恐れなくしてあげることだと思う。

僕らもたくさん失敗した。

それでも次を考えられたのは、

大人がそうしてくれたからだと今では思う。

未来は僕ら大人だけが作るのでなく、

次の世代の学生も、

未来の担い手であるんだ。


学生はとっても無茶をする。

それは多分変わらない。

大人から見れば、それはハラハラするものだと思う。

でも、学生は無茶することをやめられない。

そうすることでたくさんのことを学んでいく。

学んでいって、大人になったときにそれが生きて、

さらに学生をよりよく導けるようになるのかもしれない。

世代は変わっていくけれど、

そのサイクルの基本は変わらないだろうなと思う。


あの頃無茶した僕らも大人になった。

美談にならないこともしたけれど、

汚いものきれいなものも全部まとめて、

青春であり、無茶苦茶だったんだろうなと思う。

あの頃は、なんでも輝いていた。

過ぎ去ってから、あの無茶すら輝いていたと気が付いたんだ。

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