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第258話 曲者だ

あいつはちょっと曲者だ。


曲者と言うと、

時代劇で曲者だとか言う言葉もあるけれど、

癖があるという意味での曲者もあるかもしれない。

なんだろうな、

一筋縄ではいかないという意味での曲者。

あいつは曲者だと言うと、

なんとなく裏があるような意味合いがあるような気がする。


俺にとってのあいつは、

裏があることはわかるんだけど、

どんな裏を持っているかがわからないという意味での曲者だ。

何かを隠しているらしいけれどわからない。

スパイのような感じがするんだけど、

それが何なのかがよくわからない。

時代劇で言えば忍びのものだったりするのかもしれない。

秘密を持っているのはなんとなく感じるけれど、

それが一体何なのかがわからない曲者だ。


俺とあいつはお笑いコンビをしている。

小さな箱でライブをしつつ、

有名になろうと切磋琢磨している関係だ。

あいつの持ってくるネタはどれも面白い。

あいつが振ってくれると、

俺はどんなネタもできる。

どこにそんな才能があるのかわからないけれど、

あいつはとめどもなくネタを書いてきて、

それがどれも面白い。

売れないお笑い芸人だから、

とにかくバイトで食いつないでいくしかない。

俺とあいつは部屋は別のところだけど、

ライブが跳ねたら安い居酒屋で酒を飲んで、

将来もっとすごい箱を満員にして単独しようぜと語り合った。


俺はあいつのプライベートをよく知らない。

時間はしっかり守るし、

ネタも申し分なく面白い。

ただ、あいつのことはそれくらいしか知らない。

どの学校を出て、どんな生活をしていて、

そんなことは全然わからない。

時々、俺とは違う生活をしていることが垣間見える。

あいつは本当はどんなことをしているのか、

どうしてそれを隠しているのか、

なんでお笑い芸人なんてしているのか、

あいつは本当は何を目指しているのか、

そんなことが全然読めない。

俺にとってあいつは信頼できる相方であると同時に、

どこか何かを隠している曲者だ。


小さなライブ会場のライブを終えて、

俺たちは安い居酒屋で打ち上げをしようとする。

あいつはそれをやんわり断ると、

ちょっと来てほしいところがあると俺を誘った。

いい店でも見つけたのかと思って、

俺は疑うことなくついていった。


タクシーを拾って一緒に行った先は、

見たことのないような大豪邸だった。

おかえりなさいませ、おぼっちゃまとか言われている。

俺は大混乱した。

あいつは手馴れた様子で大豪邸を歩き、

見たことのないほど豪華な部屋に俺たちは通された。

あいつは高そうな酒を出してきて、

使用人らしい誰かがめちゃくちゃ豪華な料理を運んできた。

俺はびっくりした声しか出せない。


酒を飲みながらあいつが語るには、

あいつは大会社の次期社長であるらしい。

次期社長というのが嫌で、

今まで好き勝手してきたらしい。

海外の大学で相当いい成績を残していて、

次期社長のレールはしっかり敷かれていたんだけど、

あいつはそれに反発したらしい。

あいつだけの力で何かしてやると思ったらしい。

大会社の力無しでどこまでできるか、

あいつなりにがむしゃらだったらしい。

ネタを書けば俺が褒めてくれて、

どんなネタでも俺がちゃんと仕上げてくれて、

お笑い芸人として、がんばれそうな気がしたらしい。

しかし、俺があまりにもお笑いに才能があるから、

大会社の誰かからの差し金かと思ったらしい。

大会社の方から、助け舟を勝手に出したと思われたらしい。

俺の方が曲者かスパイだと思われていたらしい。

俺はゲラゲラ笑った。

俺はそんなことを演じられるほどすごくはないと。

こんなところに生まれたことを隠してたお前の方がすごいと俺は笑った。

あいつも笑った。


俺とあいつは、大豪邸で、

安い居酒屋にいるような気持ちで酒を飲み交わした。

あいつは何かを隠していた曲者だった。

ただ、才能は隠しきれなかったんだなと俺は思った。

お笑いやるんなら俺はついてくぜと言った。

次期社長になるのもいいし、

お笑いで天下も取れると思うんだと俺は言った。

あいつは少し考えて、

どっちもやろう。

お笑いで天下を取って、

社長になっても天下を取る。

そして、俺にはどっちもの相棒でいて欲しいということだ。


どっちも天下とろうと思うあたり、

あいつはやっぱり曲者なんだなと。

俺は酒を飲みながら納得して笑った。

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