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第257話 ありえないけれどある

それはありえない。

けれど、ここにある。


ありえないとしてしまうのは簡単だ。

常識では考えられないとすればいい。

科学的に説明がつかないでもいい。

論理的でないとでも言えばいい。

とにかく、何事もありえないとするのは簡単だ。

全てが何かのルールにのっとって動いている。

ルールから外れたものはありえないとすればいい。

大抵のことはそれでたくさんの人が納得する。

そうか、それは説明つかないからありえないんだな。

大抵のことはそれで納得される。

ありえないことにされてしまう。


それでも、ありえないとされていることがここにある。

今までの常識では説明がつかないこと。

常識を超えた突飛なことでないと説明がつかないこと。

常識を超えたものはありえないとされているから、

これはあってはいけないありえないこと。

ありえないとされていなければいけないことが、ここにある。


昔から、宗教などは、

ありえないものを説明するものとして機能していたように思う。

たとえば神。

科学では説明できない。

けれど宗教ではある。

未来になれば神が科学で説明できるかもしれないけれど、

今のところ、神と科学は相性が悪く、

神を論理的に説明して、

科学と融和することはできない。

神を科学で解体して説明しつくすこともできない。

そのあたり、神は概念のものとして説明されていて、

実在のものとはされていない。

ありえないものとされている。

宗教には神がいる。

教義があり、神の教えのように生きる。

それは科学では非合理とされているものだ。

ありえないものの教えに従う。

宗教ができた土地の風土などの風習は関係するかもしれないけれど、

神というものは説明がつかない。

人を超えた超常的な存在を説明することができない。

だからありえない。

でも、宗教では神がいる。

このあたりはまだ融和できない。

ありえないものと、あってはいけないもの。

説明できないもの。ともすれば妄想とされるもの。

全てが説明できるわけでない。

ありえないとされているものは、

誰かのもとにはある。

観察地点が違うのならば、

ありえないとされているものが、ある。

科学と宗教のように、

見ているものが違うならば、

ありえないものがある。


私は、今、楽園にいる。

確か、私は事故に遭ったはずだけど思い出しづらい。

避けられない距離に車がいたことを覚えている。

気が付いたら楽園にいた。

花々が咲き乱れている。

足元には心地いい水が流れ、

水とともに歩もうと思った。

ただ、心地いい。

このまま水の流れるように進んでいこうと思った。

それが正しいことだと思った。

痛みもない。苦しみも無い。

歩くたびにいろいろなことを忘れていく。

水の行先はどこだろう。

足首を水に浸しながら歩く。


不意に、声がした。

後ろからだ。

忘れかけていた私の名前が呼ばれる。

戻るのはおっくうだなと感じた。

水とともに流れていきたいと思った。

そのまま水とともに進もうとすると、

前に人影があった。

だいぶ前に亡くなったはずの祖父だった。

厳しい人だったと覚えている。

無口な人だった。

それでも少ない言葉に重みがあった。

祖父は言った。

戻れと。

まだ待つものがいる。

お前にここはまだ早い。

戻って幸せに生きなさい。

厳格な祖父が、少し笑った。

まだ早いんだ。

ここに来るのは、もっと年を食ってからでいい。

戻って、ここのことは忘れなさい。

声が聞こえるうちに、戻りなさい。

祖父の言葉は重みがあった。

私は祖父に背を向けて歩き出した。

花咲き乱れる楽園を戻っていくと、

不意に落ちた感じがした。


目が覚めたのは病院のベッドの上だった。

痛みがあるし、身体を動かしづらい。

周りには家族がいる。

みんな泣いている。

周りで、意識が戻りましたと言って、

医療スタッフらしい人が走っている。

ああ、戻ってきたんだと思った。


死後の世界なんてありえない。

科学で説明ができるものでもない。

祖父が言ったことも説明ができるものでもない。

私はそのうち祖父に会ったことも忘れるだろう。

それでも、ありえないことは確かにあった。

事故に遭ってから、私は楽園にいた。

その楽園も、証明のしようがない。


だから、ありえないとされるものがあった。

そういうしかない。

ありえないとされているけれど、

私をここに戻してくれたのは祖父だと思う。

そして、祖父は私が幸せに生きることを望んでいる。


ありえないもの。

それは確かにあった。

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