笑われることは慣れているよ。
嘲笑ってのも慣れてる。
笑わせることはなんだか一段下に見られることも慣れてる。
それでも笑顔が見たいんだ。
だから俺は笑わせる。
世界を笑顔にしたいんだ。
俺はお調子者。
道化と言えばそうかもしれない。
学生時代はみんなに笑われるようなことをやった。
クラスや学年の中心になるのじゃなくて、
華々しく笑わせるのじゃなくて、
スクールカーストの底辺の方で、
みんなに笑われることをした。
俺が上手く行かないとみんなが笑った。
俺が失敗するとみんなが笑った。
バカだなぁと笑った。
俺を一段低く見ることで、
みんなは安心してくれた。
そして笑ってくれた。
それでいいんだと思った。
学生時代が終わりに近づき、
就職も考えなくてはいけなくなる。
勉強はしたけれど身につかなくて、
お笑いで食べていこうと決断できるほどでもなくて、
俺は中途半端な道化で過ごす。
どうしたらいいんだろう。
不安は外に出しちゃいけない。
みんなを笑わせるならば、そんな顔をしていなくちゃいけない。
いつまで笑わせることができるだろう。
将来に不安を抱えたまま、
俺は道化になり続ける。
俺は学生を終える前に、
ひとつだけやっておきたいことがあった。
それは、笑わない女の子を笑わせることだ。
その子はいつも笑わない。
世界の不幸を背負ったようで、
いつもどんよりとしている。
でも、顔はすごく整っているんだ。
この顔が笑顔になったらいいなと思っている。
学生が終わって、離れ離れになる前に、
この女の子を笑わせたかった。
俺の将来は先が見えなくて不安だけど、
この子が笑ってくれれば、
俺の未来が明るくなるような気がした。
学生時代を終える前に、
俺は道化のラストスパートをかけた。
片っ端から笑わせる。
学校のみんなも笑わせる。
あの子はまだ笑わないけれど、
俺は世界中を笑わせるくらいの気持ちで、
魂をこめて道化になる。
あの子を笑わせるためにはどうしたらいいだろう。
俺はいろいろ考えた。
ある放課後、
俺はあの子の席にやってきた。
そして、壮大な計画をぶち上げた。
俺は世界中を笑わせる。
どんな人も楽しくなる笑いを作る。
世界中を笑顔にして、みんなを幸せにする。
君は、その俺の快進撃を一番近くで見ていてくれ。
一番笑わせたいのは君だ。
俺の失敗も全部見ていてくれ。
バカやってるなぁと笑ってくれ。
上手く行ったらやるじゃないかと笑ってくれ。
どうか、笑ってくれ。
その笑顔を見せてくれ。
君を笑わせて世界で一番幸せにする。
だから、一番近くにいて欲しい。
なんでもする。頼む。
最後の方は哀願だ。
どうか笑ってほしかった。
幸せそうに笑ってほしかった。
世界で一番幸せにしたいと思った。
ああ、それはきっと。
俺はようやくそのことに思い至った。
愛していたんだ。
君はきょとんとした後、ぎこちなく微笑んだ。
ああ、やっぱり笑った顔はいい。
この笑顔をずっとそばで見れたらどんなにいいだろう。
君は、俺の進路を聞いてきた。
まだ決めていないと言うと、
とりあえず決めなさいと君は言う。
どこに進んでもついていくよと君は言ってくれた。
その代わり、責任もって笑わせるようにと。
世界中を笑わせて、私も笑わせなさい。
言ったことには責任を持ちなさいと言われた。
俺は、笑えなかった。
代わりに感動で涙があふれた。
求めていた笑顔が手に入って、
将来の不安が溶けていった。
目指すものがはっきりして、
俺はこの道を行こうと思った。
就職するにしても、
ムードメーカーとして会社の雰囲気をよくすることもできる。
お笑いで天下を取ってもいい。
とにかく世界を笑わせよう。
そのそばに君がいてくれる。
それだけでどれほど力になれるかしれない。
道化の俺はワンワン泣いた。
なんて優しい喜劇だろう。
周りでみんなが拍手をしている。
がんばれと言ってくれる。
てっぺん取れよと言ってくれる。
みんな俺を見下していない。
俺はようやく、道化の仮面が取れたのを感じた。
俺の顔で世界を笑わせよう。
見下されるのでなく、
俺を下にするのでなく、
俺の力で世界を笑わせよう。
その時、君がそばにいてくれるのなら、
俺は何だってできる。
優しい喜劇を越えた、
愛はなにより強いってことさ。