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第256話 それは優しい喜劇

笑われることは慣れているよ。

嘲笑ってのも慣れてる。

笑わせることはなんだか一段下に見られることも慣れてる。

それでも笑顔が見たいんだ。

だから俺は笑わせる。

世界を笑顔にしたいんだ。


俺はお調子者。

道化と言えばそうかもしれない。

学生時代はみんなに笑われるようなことをやった。

クラスや学年の中心になるのじゃなくて、

華々しく笑わせるのじゃなくて、

スクールカーストの底辺の方で、

みんなに笑われることをした。

俺が上手く行かないとみんなが笑った。

俺が失敗するとみんなが笑った。

バカだなぁと笑った。

俺を一段低く見ることで、

みんなは安心してくれた。

そして笑ってくれた。

それでいいんだと思った。


学生時代が終わりに近づき、

就職も考えなくてはいけなくなる。

勉強はしたけれど身につかなくて、

お笑いで食べていこうと決断できるほどでもなくて、

俺は中途半端な道化で過ごす。

どうしたらいいんだろう。

不安は外に出しちゃいけない。

みんなを笑わせるならば、そんな顔をしていなくちゃいけない。

いつまで笑わせることができるだろう。

将来に不安を抱えたまま、

俺は道化になり続ける。


俺は学生を終える前に、

ひとつだけやっておきたいことがあった。

それは、笑わない女の子を笑わせることだ。

その子はいつも笑わない。

世界の不幸を背負ったようで、

いつもどんよりとしている。

でも、顔はすごく整っているんだ。

この顔が笑顔になったらいいなと思っている。

学生が終わって、離れ離れになる前に、

この女の子を笑わせたかった。

俺の将来は先が見えなくて不安だけど、

この子が笑ってくれれば、

俺の未来が明るくなるような気がした。


学生時代を終える前に、

俺は道化のラストスパートをかけた。

片っ端から笑わせる。

学校のみんなも笑わせる。

あの子はまだ笑わないけれど、

俺は世界中を笑わせるくらいの気持ちで、

魂をこめて道化になる。

あの子を笑わせるためにはどうしたらいいだろう。

俺はいろいろ考えた。


ある放課後、

俺はあの子の席にやってきた。

そして、壮大な計画をぶち上げた。


俺は世界中を笑わせる。

どんな人も楽しくなる笑いを作る。

世界中を笑顔にして、みんなを幸せにする。

君は、その俺の快進撃を一番近くで見ていてくれ。

一番笑わせたいのは君だ。

俺の失敗も全部見ていてくれ。

バカやってるなぁと笑ってくれ。

上手く行ったらやるじゃないかと笑ってくれ。

どうか、笑ってくれ。

その笑顔を見せてくれ。

君を笑わせて世界で一番幸せにする。

だから、一番近くにいて欲しい。

なんでもする。頼む。


最後の方は哀願だ。

どうか笑ってほしかった。

幸せそうに笑ってほしかった。

世界で一番幸せにしたいと思った。

ああ、それはきっと。

俺はようやくそのことに思い至った。

愛していたんだ。


君はきょとんとした後、ぎこちなく微笑んだ。

ああ、やっぱり笑った顔はいい。

この笑顔をずっとそばで見れたらどんなにいいだろう。

君は、俺の進路を聞いてきた。

まだ決めていないと言うと、

とりあえず決めなさいと君は言う。

どこに進んでもついていくよと君は言ってくれた。

その代わり、責任もって笑わせるようにと。

世界中を笑わせて、私も笑わせなさい。

言ったことには責任を持ちなさいと言われた。


俺は、笑えなかった。

代わりに感動で涙があふれた。

求めていた笑顔が手に入って、

将来の不安が溶けていった。

目指すものがはっきりして、

俺はこの道を行こうと思った。

就職するにしても、

ムードメーカーとして会社の雰囲気をよくすることもできる。

お笑いで天下を取ってもいい。

とにかく世界を笑わせよう。

そのそばに君がいてくれる。

それだけでどれほど力になれるかしれない。


道化の俺はワンワン泣いた。

なんて優しい喜劇だろう。

周りでみんなが拍手をしている。

がんばれと言ってくれる。

てっぺん取れよと言ってくれる。

みんな俺を見下していない。

俺はようやく、道化の仮面が取れたのを感じた。


俺の顔で世界を笑わせよう。

見下されるのでなく、

俺を下にするのでなく、

俺の力で世界を笑わせよう。


その時、君がそばにいてくれるのなら、

俺は何だってできる。

優しい喜劇を越えた、

愛はなにより強いってことさ。

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