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第279話 送り狼が見える

あれは送り狼だな。


大学のサークルの飲み会。

社交的な連中はさっさと話相手を見つけて、

楽しく馬鹿話をしながら飲んでいる。

大学生でも金銭的に飲めるほどの安居酒屋。

大学から近いから、こんなサークルが集まって騒ぐのもよくある。

俺はと言うと、酒を飲みたいだけなので、

みんなで適当に頼んだつまみを食べつつ、

覚えて間もないビールを飲む。

酒を飲める大人ってかっこいいと思っていたから、

大学入ってしばらく経った後、

酒が飲める年齢になったのが嬉しい。

ただ、まだビールはちょっと苦いな。

喉ごしがいいんだと言われるけど、

それならレモンサワーの方がジュースみたいでいいなぁと思う。

ビールを飲める大人になりたいけれど、

どうにもそのあたりはまだまだの俺だ。

一杯目はビールを飲むとして、

飲み終えたらレモンサワーにしようかと考える。

みんな俺のことなんて気にせずハイペースで飲んでいる。

サークルでもそれほど目立つ存在でもないし、

社交的な存在でもない。

みんなの馬鹿騒ぎを聞きながら、酒を飲む。

まぁ、酒が飲めればいいんだ。

酒が飲める大人になりたいからな。


酒を飲んでしばらくしてくると、

酔ったときにだけ見えてくるものが出てくる。

酩酊状態というわけでなく、

視覚が本来のものを映すようになる。

俺の視界が、無意識に映していなかったものが、

酔うと映し出すようになってくる。

それは、いないとされているもの。

妖怪、幽霊、精霊、その他もろもろ。

名もなき存在もある。

それらが俺の視界に現れてくる。


サークルの先輩が、サークルの後輩を連れて行こうとしている。

後輩の方は女性で、酔っているように見える。

足元がおぼつかないように見える。

サークルの先輩は体格のいい男性だ。

そこそこ酔っているのもあるが、

後輩の女性に性的なことをしてやろうというのがにじみ出ている。

これがいわゆる送り狼かと思ったけれど、

俺の酔った視界には別のものが見える。

後輩の女性にとりついている、

大きな獣のような影。

狼に見えないこともない。

大きな獣の影は、先輩の男性をじろじろと見ている。

獣なのに、にたぁと笑った気がする。

俺は思った。

これも送り狼だ。

多分この獣の影は狼で、

先輩を食らってしまう存在だろう。

生き物でない存在をいろいろと見てきたけれど、

この手の存在は、

生命力を根こそぎ食らうものもいるし、

頭からバリバリと食べてしまって、

結果として行方不明になるケースもある。

胃袋送りやあの世送りになるような存在だ。

俺たちはしょせん大学生だから、

自分探しの旅に出たとでも言えば、

海外で旅をしていてそのまま音沙汰がなくなったとか、

何かに巻き込まれて行方不明になったとか、

そんなケースにされてしまうだろう。

高校生までだと、親の目がある程度あるから、

こういった送り狼のような存在にあの世送りになることはない。

幼い子供や学生が消えると、

足がついてしまうってわけだ。

いくら生き物でないような存在とはいえ、

送り狼がとりついている存在が何か関与したまでは特定されるだろう。

法では裁けないとはいえ、

面倒なことにはなる。

だから大学生を狙うんだなと俺は思う。

おそらく新社会人以降ともなると、

社会のどこかに所属するようになる。

会社とか住まいとかいろいろと。

そのあたりがまだあやふやな存在を、

あの世に送ろうとしているんだろう。


そういえば後輩だと思っていたあの女性の、

名前は何だっただろうかと俺は思い出そうとする。

そもそもサークルにいたかも怪しい。

送り狼が酒に酔っている誰かを送ろうとしてもぐりこんだんだなと俺は思う。

先輩は女性を連れて居酒屋を抜け出していった。

女性にとりついている送り狼が、

俺の方を向いてにんまりと笑った。

俺は見えるだけで何ができるわけでもない。

先輩は多分送られてしまうだろう。

悪い先輩ではなかったけれど、

羽目を外したらそうなるんだろうなと俺は思った。


大学のサークルの飲み会に、

姿を変えて現れる送り狼。

他のところにも行ってるんだろうなと思うけれど、

多分調子に乗ったり羽目を外したものから、

引っ掛けてあの世に送っていくんだと思う。

まぁ、俺は何もできないから、

せいぜい覚えたての酒を楽しむこととしよう。

まだビールは苦い。

ビールが美味しくなれば大人だろうか。

もっといろいろな酒を覚えて、

酒を楽しめるようになってからあの世に行きたいものだな。

俺は送られたくないので、

一人で酒をほどほどに飲む。


その後、先輩は大学に来なくなった。

噂はいろいろ立ったけれど、

先輩がどうなったかを知るものは誰もいなかった。

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